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#34



 九尾の銀時は千年の時だって生きることができる、高い妖力を得た狐の種族であった。妖怪の全員が全員、必ず千年の時を生きられるわけではない。百年くらいなら生きられる奴が多くても、それ以上の時の流れの中では、やがて自身の妖力が尽きて消えてしまう。千の時を生きる妖怪の方が絶対数が少ないのだ。
 だから銀時は、誰かと深く関わるのは嫌だと思っている。関わらないと決めていた。
 別れるときや、居なくなったとき。残されて寂しくなったり悲しくなるのは自分だからだ。寂しがったところで、もうその者は銀時の隣には居ないのだ。だから望むだけ意味がないと割り切っている。
 九尾を持つ銀時は強い神通力や霊力があり、山の皆からのお願いや頼まれごとを引き受けて助けてあげることができるし山に入り込んでくる悪いものを排除することだってできた。
だから九尾の銀時は皆に慕われているし、銀時は妖狐として桁外れに強い霊力から山の守神にもなっている。
 誰かと深くは関わらなくても、こうやって大事にしている奴らの笑顔を守ってやれればそれで良いよなと銀時は思うようになっていった。
 ある日、銀時は天狗の子供がケガして飛べなくなっているのを拾って助けてやった。丸い頭に斜めがけにされた小さなお面には厳めしい烏の顔がついていて、渓谷に住んでいる烏天狗の一族だと銀時はすぐに分かった。

「ったく……男がべそかいてるんじゃねェよ」
「ッ! な、泣いてなんかねーよっ」

 銀時は少年を住処まで送り届けてやる。烏天狗の子供は送り届けてやったのに、あまり嬉しくなさそうだった。泣いたあと、しきりに拭ったせいで目元が赤くなっていたが、気丈なやつで、自分の体より大きな銀時にも臆することがなかった。

 烏天狗の子は、その日から度々と銀時のところへ来るようになった。両親のことを聞けば、あまり帰りたくないと話していたから詳しいことは聞かないでおいたが。銀時は不本意ながらそのチビ烏と仲良くなっていく。チビ烏は「土方だ」と名乗った。名前を聞いたところで銀時はやはり、覚えようという気にはならなかったのだが。
 銀時と一緒にいるうちに、チビ烏は銀時が何でも屋さんをやってることを知る。

「俺をお前の友達にしてくれ」
「あー、そういうのはNG。無理」
「なんでだよ」
「なんでもだよ。…他のことなら叶えてやるけど? お前のそのちんまい羽をデカくしてやろうか? ここまで来るの大変だろ」
「いらねーよっ。これは天狗としての修行なんだ!羽くらいすぐデカくなってみせるから見とけよアホ狐」
「アホ狐ぇ? お前、銀さんはこう見えて偉いんだからな。お前みてぇなチビよりずっと長生きするし……うん、とにかくこの話はおしまい」
「待てよ! 俺、明日からもうここには来られなくなるんだ……だからっ、」
「……そーか。でもなぁ、それなら尚更…友達なんて、別の天狗とオトモダチになってもらえよ」
「嫌だ。……お前、俺の名前を覚えてるか」
「多串く……いってぇな!杖はそういう風に使うもんじゃありません〜!」
「忘れたのかよ。トリ頭」
「いやどっちかって言えば、お前の方がトリに近いアレだと思うんだけど……土方」
「……覚えてるんじゃねーか。おい、忘れるなよ」
「はぁ? 何それ。それが依頼なの?」
「そうだ。約束しろよ」
「わかったわかった。覚えとくよ。…じゃあな」
「おう。……楽しかった」
「ん、俺もまあ、悪くなかったよ。もう会えなくなるの?」
「……修行だからな。デカくなって、テメェと同じくらい強くなる」

 小さな烏天狗は錦杖を掲げて、挑戦的に笑った。頼もしいね、頑張れよと銀時は送り出してやる。それきり、本当に土方とは会わなくなった。引っ越しでもしていったのか、渓谷から住処も失せている。銀時は寂し……いやいや、そんなはずないから。友達になるなんて依頼は初めてだったけどしっかりきっぱり断ったし、別に寂しくなんかねーから!と思い直して、それから時が随分と流れた。


● ● ●


 千年後の春。冬を越し、麗かな陽だまりは何とも心地よい。
 森の様相は昔より変わったところもあるけれど、銀時は変わらず其処に暮らしていた。
 渓谷に悪いものが現れたと聞いて、あれ以来なぜかあまり訪ねないことにしていた場所へ向かうと、不思議なことに既に場は鎮圧された後であった。こんな事態は初めてだ。澱んだ邪気も消え去り、清らかな水が流れている水辺。事もなげに杖を払って、瓢箪から酒を飲んでいたのは、一人の黒い烏天狗であった。
 おかしい。烏天狗なんか、もうずっと居なかったのに。最後にこの森で見たのは──振り返った男と目が合ったとき、銀時は息を呑んだ。

「よぉ。遅くなったが、羽根もデカくなったぜ。テメェの力を借りなくてもな」
「……お前、来るのが遅いんだよ」
「そりゃこっちのセリフだ。山を守ってんなら、もっと早く来いよな。おかげで修行の成果も見せられなかったじゃねーか」
「……ひじ、かた」
「! ……ったく。男がべそかいてんじゃねーよ」
「ッ、な、泣いなんかねェよ!」

 まるで初めて出会ったあの日のような会話を交わして、思わず顔を見合わせて笑った。千年ぶりに銀時を見た土方は「変わってねーな。その天パも」。憎まれ口を叩いてから「まだ続けてるのかよ。なんでも屋」と尋ねる。

「あー、うん。最近はアレだ、手伝ってくれる奴とかもいたりして」
「んだよ。マジで遅かったんじゃねーか……一番乗りしてやろうと思ったのに」
「え?」
「こっちの話だ。……その、今日はテメェに依頼がある」

 土方は銀時を見つめて言った。紺青の瞳は闇のように静謐な光を宿していて、昼日中にある中でもドキリとする。やけに目が離せなかった。

「俺の話し相手を探してるんだ」

 挑戦的な笑みは、昔よりずっと艶めいて見える。基本的にクタリとしている九つの尻尾が、その声を聞いてぴんと伸びたのを見られただろうか。もし見られていたら、心中バレバレのようで少し面映ゆいが。

「……それなら、お誂え向きのやつがいるんだけど」
「ま、待てよっ。俺は天狗とは気が合わねぇんだ」

 焦ったように注文をつける烏天狗に、くすぐったい気持ちになる。銀時は濃厚な紅の瞳を眇めて、烏の黒々とした羽根に手を伸ばした。絹のように滑らかな感触をしていた。

「知ってらァ。……まあ、俺だって今更そんなつもりはねェし」
「……銀時?」
「デカくなったじゃねーの、土方くん。昔はチビだったのに」
「喧嘩売ってんのか」
「そうじゃねェよ。……実は俺も、話し相手を探してるんだ。この森に住んでて俺と酒が飲めて、明日から居なくなったりしないやつ。何しろ、千年ぶん話したいことがあるんだよ」
「……奇遇だな。俺も、話したいことが千年ぶんあるんだ」

2019/07/04 18:53
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