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#27



 名前を呼ばれる。
それはその場の勢い任せだったり酔い任せだったりして、素面とは言えない一時だけに味わえる、言ってみれば特別みたいなものだ。

「坂田」

 土方くんの低い声で名前を呼ばれると何ともいえない甘酸っぱい気分になる。
 今だって、俺が自分で食べようと注文した筈の卵焼きを言葉少なくして掻っ攫われたと理解しても、怒る気にはなれなかった。

「この卵焼き、うめェな」
「そうだろ。お前もついに糖分を認める気になったか?」
「……ふん、卵焼きが美味しいってだけだ。それに出汁巻きの方が好きだ」
「出汁巻きねぇ。朝飯に俺が作ってやろうか?」
「………」
「い、いやアレだよ、ただの冗談だろうが。本気にすんなって」
「……んだ、冗談かよ。外泊届けしなくて済むし、別に良いけどよ」
「え、え? なにそれ……ガイ…外泊届け?」
「近藤さんにな。つっても、俺は随分と出した事もねぇが……馴染みの女も居ねぇし、色街にゃ興味ねェからな。出歩く相手も、テメェくらいのもんだ」
「……へ、え。そ、そうなんだ」
「んなに引く事か。笑いたきゃ笑えよ。総悟にも、土方さんには友達が居ねェとかって言われるしよ」
「い、いや、だからってそんなに落ち込む事じゃねーし、引いてもねーし……っ友達なら、俺がなってやるからよ! 1分30円でっ」
「はは、なんだそりゃ、金取んのかよ。……30円払ったら友達になれんのか?」
「……そりゃまあ、俺ァ万事屋だからよ。え? おい何してんの」
「いま小銭持ってねェからな……千円で良いか」
「いらねぇっつの。ただの冗談だろうが」
「ん……それならそうと言え」
「そうだよ」

 それはいつも通り、よくある冗談の延長のアレに決まってる。本気にするあたり変なトコ素直で可愛いけど、土方が真顔で懐を探るのを慌てて止める。金出しても良いくらいには俺って嫌われてないのかな、とか自惚れたりしながら。

「ほんと、ああ言えばこう言うヤツだなテメェは」
「知ってんだろ?」
「お前の……卵焼き、食う、には…どうすりゃいいんだろうな……ん、んん」

──ああもう、この酔っ払い。さっきまで話してたくせに、なんで急にお眠になるの? ホント意味分かんねーよ。
……今すぐ誰にも内緒で外泊させたくなるからやめてほしい、切実に。

「……オヤジ、コイツ寝ちまうみてェだしそろそろ連れて帰るわ」
「ん、……坂田、……」
「……え? 何なのコレ。ひーじかーたくん、裾掴まれたら銀さん動けないでしょうが。まだ飲むのー?」
「銀さん、そりゃ青二才だよ。酒が飲みたいんじゃねェ、帰りたくないって言ってるのさ」
「……か、揶揄ってんじゃねーよハゲ。コイツがそんなこと思うわけねェだろーが」
「まだハゲちゃいねェだろう?」

 うるせぇよ。照れ臭くてしょうがない。馴染みのオヤジへ挨拶するのもそこそこに会計を済ませた。
 臨時収入のお陰で久々に割り勘できたし、うまい飯を食えた。気持ちよく酒に酔えた。土方から名前も呼んでもらえたし、土方の眠そうな顔も見れたし、今日はもう満点だろう。

「寒ィな……なにボケっとしてんだ万事屋。帰らねーのか?」
「帰るよ。つーかボケっとなんかしてませんー。抜け目ない男だからね俺は」
「フン……どうだかな。そうは見えねェが」

 憎まれ口を叩かれても腹が立たなくなってきたのは一体いつからだったっけ。ボーナスポイントを稼ぐために仲良くお話でもして帰りますか。


お互いに鈍感だと思ってる話



2019/02/19 12:45
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