Top >> Diary



Diary 

#50 - 帝幻



 有栖川帝統は代々木公園のベンチに腰掛けて人を待っている。ずっと以前に、同じ公園内に設置されているベンチで野宿をしたことがある。ギャンブルに負けた日、一晩泊めてくれる人も金を貸してくれる人も、運悪く見つからなかった時だ。
 その時分は今よりもっと暖かい季節だったが、暖かいとはいえ素寒貧と空腹で、ひもじい思いをしたものだった。しかしそれが帝統にとっての生きるということだったし、翌日には拾った100円から大勝ちしたから、まあ喉元過ぎた今となっては、悪くない思い出になっている。
 今日もあの日と同じように、素寒貧で空腹で、同じ汚れた上着を着ている。ひもじい。しかも寒い。12月は冬だ。年の瀬も近く、シブヤを吹き抜ける風は身を千切るように冷えまくっている。噴水は綺麗だが、寒さを助長してくるようだ。けれど一つだけマシなのは、あの頃とは違い、帝統には待ち人がいるということだった。
 ぼんやり煙草を吹かしていると、向こうから夢野幻太郎がやって来た。待ち人、来たり。
「あんまんしかありませんでしたよ」
 コンビニの袋をガサリと鳴らして、白い息を吐きながらそう言う。帝統は「うわあ」と声を上げた。
「マジかよぉ〜! 肉まん食いたかったけど、食えるなら何でも良いぜ!」
「はい、これ」
「うおー! あ、あったけぇ〜……。ほんとマジサンキューな、幻太郎」
「お気になさらず」
「いただきまーす!」
 包み紙を半分剥がし、大きな口を開けて、白く柔らかく、ほこほこした中華まんにかぶりつく。唾液の溢れた咥内に、じゅわぁぁ、とジューシーな豚ひき肉の味が広がった。
「…………ってこれっ、肉まんじゃねーか!」
「フフフ、嘘でした。ついでに麿の分も肉まんでおじゃる」
「まったくよぉ、幻太郎はこれだからな〜」
 あんまんと言われた時から、ガブっとかぶりつくまで、すっかりあんまんの舌だったのに。しかし元から食べたかったのはこっちだ。空腹なのもあり、一気に平らげてしまう。熱を持った咥内から白い息が出る。腹の中からほこほこと、身体があたたまってくるような気がした。横で幻太郎はまだ肉まんを食べている。
いつも帝統と口付けを交わす唇で、嘘を吐く唇で。手の中に収まる、白く柔らかく、ほんのり甘い生地を食んでいる。腹が減っているからだろうか、その光景に妙に涎が溢れた。
「……帝統、なに見てるんです?」
「うまそうだなーと思って」
「貴方のぶんは全部食べてしまったんでしょう? 食いしん坊さんめ」
「いやー、なんかなぁ、肉まんっつーか、幻太郎がうまそうっつーか……」
「君にカニバリズムの趣味があったとは驚きだよ、ジェフリー」
「誰だよソイツ! そうじゃなくてさ。幻太郎、もっとこっち来いよ」
 肉まんを咀嚼する幻太郎が、腰を浮かして帝統の方に寄った。帝統は腕を広げて、その肩を抱く。亜麻色の髪をくしゃりと乱し、首を撫で、そして彼の着物の合わせの中に手を滑らせる。体温に触れて、改めて外気の冷たさを知る。
「あったけぇな〜」
「帝統。寒いんですが」
「もっとくっつきてぇ」
 へへへ、と笑うと、幻太郎はもぐもぐ口を動かしながらこてんと首を傾げ、帝統の肩に頭を乗せた。
「……小生の家に泊まりたいんでしょう?」
「バレてんのかよ」
「実は小生の住んでいる部屋が、先日火事に遭いまして。今はダンボールハウスに住んでるんですよ」
「いいぜ、それでも。幻太郎と居れんならどこでもいい」
 家が火事になったってのは嘘だろうけれど。なんならこの寒い野外でも、一向に構わなかった。身一つで。それだけで。幻太郎のぬくもりしか要らない気がした。
 安定、将来、帰るべき場所。何も要らない帝統は、きっと世間一般の社会に生きる人間からしたら外れ者だ。だけどこうして冬の寒い公園で一緒に肉まんを食べてくれる相手がいるのは、非常にありがたいことだと思う。


賽を懐かせる


2022/12/25 13:04
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -