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#42 - 左銃になれなかった



 夕暮れに染まる赤レンガ倉庫とヨコハマ港。二人きりで水面を眺めていた。約束をしていたわけではない。ただ、左馬刻がここにいることを銃兎は知っていた。話したいことはきっとお互いにあるんだと思う。だが話したいことをどう言葉にしていいか分からないでいた。
「左馬刻」
 沈黙を破ったのは銃兎だった。煙草の煙は潮風に攫われて透明になり、見えなくなる。
「……んだよ」
繋がりがある他の組の叔父貴相手に散々怒鳴り散らしてきたばかりの声は、いつもより疲れていた。水面から視線を移すと、銃兎は少し困ったように笑う。
「……俺な、ずっと好きだったよ、左馬刻のこと」
 その告白は初めて聞いた。初めてのくせに、ずっと前から知っていた。それから「上の奴と喧嘩したんだってな。ありがとう」。俺のために、と声にならないほど小さな声がすぐ傍らで湿るのを左馬刻だけが聞いていた。
「……サツのくせに、なんで俺にゴタ起こされて礼なんか言ってんだ。もっと怒れよ。……なんでテメェじゃなくて他の女なんか選ぶんだって」
 これじゃあどちらを責めているのか分からない。憤って白くなるほど握り締められた拳に、赤く滑らかな指先が重ねられる。夕陽のせいか、いつもより革手袋の赤みが鮮明だった。その下に隠された素肌が今どんな温度をしているのかを一番知りたい。剥ぎ取ってやりたかったのに、歳上でスマートで頼れる男が宥めるように左馬刻の拳を手のひらで包むから、できなくなってしまった。
「怒らねぇよ。ありがとうって言っただろ」
「聞きたくねぇ。なんも良いことなんかねぇよ」
 駄々を捏ねたって始まらないし変わらないのだが、言わずにいられない。今しか言えない文句を垂れて、銃兎もそう思うだろう、という問いは吹き出しの外にした。銃兎は吹き出しの外まで感じ取ってくれたのか、クスリと笑う。
「俺はあったよ。……だって俺な、あの碧棺左馬刻とチーム組んだんだ。すげぇだろ。そんで好きになって、幸せだった」
 本当に、このウサギはバカだ。この期に及んでそんなこと言いやがって。この期に及んで、なんでそんな優しい顔して笑えるんだ。


無味乾燥の日々を喰らえ


2022/05/10 18:36
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