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#36 - 左銃



「本気で付き合ってるとしたら? まさか、それはないでしょう。第一、私じゃ釣り合いません。年も違いますし…本当ですか? ふふ、ありがとうございます。でも私より、もっと近い目線で居られる相手の方が」
「おい誰と話してる」
「! 左馬刻……起こしちまったか」
「誰と話してるか答えろ。画面見せろっつったら?」
「……俺の携帯が壊される」
「電源ごと切れ」
 不遜に言い放ってくる男に引く気はなさそうだ。これはきっと向こうにも聞こえただろう。仕方なく端末を操作して電源を落とせば、左馬刻はフンと鼻を鳴らした。
「ンだよさっきの話は。釣り合うとか釣り合わねぇとか」
「……なんでもねぇよ」
 ベッドに寝転んだまま吐き捨てられる声には苛立ちが込められている。誤魔化すというのは悪手だったらしい。気づいた時にはもう遅く、左馬刻は身を起こすと銃兎を睨み上げてきた。いかにもヤクザらしい凶悪な様相だが怖気付くほどヤワでもないので、銃兎は目を合わせたまま沈黙を守った。今度こそは正解だったらしく、それ以上は通話の内容について銃兎を問い詰めることをやめたらしい。左馬刻は舌打ちして、それから、こう続けた。
「じゃあ聞くけどな」
「なんだよ」
「俺とお前って年幾つ違うか知ってるか」
「4年だろ……? 25と29で」
 そんな分かりきったこと、今更聞いてどうするのか。銃兎が怪訝な顔をしていると、左馬刻は我が意を得たりとばかりに、ニヤリと笑う。
「そうだな。んで、俺様と一郎のクソ野郎とは6年違うわけだ。歳が近い方が付き合いやすいって話なら、俺には銃兎の方が合うってことになンだろ」
 確かに理屈ではそうかもしれないが――困る銃兎に向かって、左馬刻は尚も続ける。
「俺と歳近いって言ったら……乱数が一個下だけどよぉ。あとは簓か? アイツは俺様より一個上だからな。んで? ウサちゃんは俺様にそいつらと付き合えって言うのかよ。俺にも選ぶ権利あんぞ。そもそも好みじゃねぇんだわ」
 ぐっと言葉に詰まる。全くもってその通りだったからだ。別に左馬刻の人間関係について、何か言えた義理ではないのだけれど――それでもこれに関しては自分の分が悪い気がした。沈黙を肯定と見取ったらしい左馬刻の声色が変わる。平生と同じ不機嫌そうな声だったのが、二人きりでいるときの声に。……気のせいだろうが、まるでドロドロに甘やかすみたいで、心臓が変に高鳴ってしまうから本当にやめてほしい。こんなことで動揺したくない。だがそう言ったところで左馬刻は無自覚だろうから、伝わらないだろう。
 左馬刻は、飴村乱数や白膠木簓は好みのタイプではないと言った。銃兎を抱いているのは気まぐれだろうから、当然のことながらそこに愛なんてない。身体だけの関係に過ぎないのだ。それはもう仕方のないことだと思っていて、何とも思わないようにしていたのだが、でも他の相手を信頼して心を通わせる左馬刻を想像すると暗い気持ちになった。これは嫉妬だ。左馬刻に愛される幸せ者に対する、お門違いな。
「俺の好きなタイプ教えてやろうか、ウサちゃん」
「……聞きたくねぇ」
「じゃあ話すわ。テメェは抱かれた後に他の男と電話してたんだからよぉ、泣くまでお仕置きしてやらねぇとな」
そこを引き合いに出されると弱い。本当は聞きたくないが、王様の機嫌を損ねた罪は銃兎にある。その相手との恋路を応援してやるくらい、出来なければ。
「可愛いってよりは、美人を抱く方が興奮する。俺様と並んでも見劣りしねぇくらいスタイル良いやつ」
「……へぇ。ルックス重視か」
「バカ言え、そんだけじゃねぇわ。筋モンだからよぉ、シノギもそうだが、ヤクザって稼業に理解ある相手じゃねぇとやってけねぇ。ウチじゃヤクはご法度だからな、コイツは絶対にヤクに手を出さねぇって信頼できる相手じゃねぇと駄目だ」
「……それは確かに……そうだな」
「俺に睨まれたって怒鳴られたって怯まねぇ根性あるヤツじゃねぇと一緒にいたらイラつくだけになるだろ? 俺とタメ張って喧嘩できるタマじゃねぇとつまんねぇ。だからって、足元掬われたり寝首かかれたら厄介だよなぁ……俺様を一生、死ぬまで裏切らねぇって誓える相手じゃねぇとな。オイどうしてそっぽ向くんだよ銃兎。まだ話の途中だろ?」
「っ、お前、条件が多すぎんだよ……もういい、聞いてらんね、」
「聞いたんだから探すの手伝えよ。ソイツどこに居ると思う?」
「………わかんねぇ」
「わかんねぇだと? ちっとは考えろや」
「ッ、だって……」
「ンだよ、考えると泣いちまうの? ……泣き虫で可愛いウサちゃんってのも条件に加えてやるよ」
「……いらね、っ、……! 面倒で、しっと、も、するし……そんなやつ、左馬刻に、好きになってもらえねぇ…」
 口に出すつもりはなかった言葉が勝手に飛び出た。
ずっと自分の心に蓋をしていた。誰にも言わず、墓の中まで持っていこうと思っていた。それなのになんというザマだろうか。
「……好きになってもらえねぇだと? バカ言ってんじゃねぇぞ!」
 容赦なく胸倉を掴まれ、突き飛ばされた。肩を押さえつけられる。真剣な顔をした想い人がすぐ目の前にいた。左馬刻が、こんな目で俺を見ているのか。何が気に障ったのかも分からぬまま呆然としていると、唇を奪われた。
 柔らかく食むような口付けのあと、下唇を甘く噛まれる。何度も角度を変えながら重ねられるキスに、頭がおかしくなりそうだった。いつの間にか夢中になっていた銃兎は、舌先で上口蓋をなぞられ全身を走り抜けた痺れに身を震わせる。
鼻先に当たる眼鏡の存在などすっかり忘れていたのだが「邪魔だ」という低い声と共に外されベッドサイドへ置かれたことで視界が完全にぼやけた。再び重なった唇のせいで呼吸ができないせいなのか、脳髄の奥深くにまで快楽を叩き込まれてしまっているせいなのか、何も分からぬまま翻弄されるままになっていく。苦しいはずなのに心地よくて仕方ないなんて、目眩がするくらいおかしな感覚に酔いしれることしかできない。ちゅぅーっと唾液ごと吸い上げるようにされて腰が抜けてしまいそうになったところで解放される。
舌がジンジンする。それ以上に、心臓は爆発寸前だった。顔に血が集まっていく。体内を巡る血液が全て沸騰してしまったみたいに熱い。
「……とっくに好きだわ」
 今、何と言った。
 すき。
 誰が誰を。
 左馬刻が、俺を。
 都合の良い幻聴にしては、あまりに左馬刻の視線に熱が込められていた。
やっぱり、挙げられた条件、ぜんぶ叶えてやれる相手を探すのは、銃兎の役目ではないらしい。
──左馬刻が俺を見つけてくれたから。
 涙でぐしゃぐしゃになってしまった自分の顔が、左馬刻と並んで見劣りしないほどの美人なのかと自問すればさっぱり自信がないけれど。それでも、左馬刻の隣に立つことが出来るならそれだけで良かったから。愛がなくても、本気でなくても、ただ隣にいることが許されるというだけで幸せになれてしまうくらいには自分は単純な人間なのだと思っていた。それすらも勘違いだと思い知らされてしまったわけだが。
 もういっそバカだろと笑い飛ばしてくれればいいのに、そんな余裕もないほど真剣な顔をした男はまた乱暴にも思える手つきで再び己を抱き寄せてくるものだから、どうしようもなく苦しくなってしまって。もがいたところで抱きすくめられるだけだ。
「銃兎の好きなタイプも教えろよ」
 少し痛いと思うほど強く抱かれて、息がしにくくなる。その痛みさえ幸福に感じるのだから、もう答えは出ていた。
「左馬刻……っ! 俺は……碧棺左馬刻が、好きだ」
 おずおずと、大好きな相手の背に触れる。それって好きなタイプとは言わねぇだろ、なんて照れたりするかと思いきや「知ってる」とあっさり肯定され、拍子抜けすると同時に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「だったら聞くんじゃねぇよクソボケっ!」
 思わず肩を押し返すが、ほとんど抵抗にならない。悔しさに口を引き結ぶ銃兎に、赤い目をした美しい獣のような男が笑う。
「好きになったヤツが好みになるんだもんなぁ?」
「………ほんと腹立つな」
 気障ったらしく髪をかきあげてみせる姿ときたらムカついて仕方ないはずなのに、文句を言うより先にときめいた自分がいる。ああそうだよ、ここまで来たら認めるさ。お前の全部が好きだよクソッタレ!
 仕方なく白状してやると「最初からそう言やいいンだよ」。ようやく抱きしめていた手を離してくれたのだった。

2021/11/09 23:14
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