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#19 - 左銃



 どちらかが相手のことを忘れたら出られるという部屋に閉じ込められた。
 選択肢は二つだと、悪趣味な中央区の女に曰く。銃兎が俺を忘れるか、俺が銃兎を忘れるか。
 銃兎を忘れるなんて絶対に嫌だった。初めて会った時、銃兎は俺に昔世話になったと言っていた。銃兎は俺を覚えてるらしかったのに、俺は忘れてたのが、なんだか収まりが悪かったんだ。だから今回こそは忘れたくない。それに今となっては好きな相手だぞ。銃兎を忘れるなんて嫌だと言い張った結果【銃兎が俺を忘れる】が選ばれることになった。
「……左馬刻」
「シケた顔すんなよ銃兎」
 手袋の指先がドアノブに触れた。ここを開ければ、銃兎は俺のことを忘れるんだろう。
「……言っとくがこれは裏切りじゃねぇからな。銃兎が俺を忘れても、俺が絶対ぇウサちゃんともう一度出会って惚れさせてやる。…ヨコハマで待ってろよ」
 俺のことを忘れる最期の直前まで一緒にいたくて、ずっと銃兎の手を握っていた。銃兎も、手を離そうとはしなかった。いつもは小言の一つや二つ(いやもっとか)は普通なのに、俺より細く長い指に、きゅっと力が込められて、俺は……クソ、泣いたりなんかしねぇぞ。すぐにまた会えるんだから、悲しく思うことなんかない。
 扉が開く。銃兎が「左馬刻」と呼びかけた。……なんだこれ。感覚が吸い取られるようだった。指の感触が思い出せない。
「左馬刻、胸糞悪い中央区に飼われてるウサギに付き合わされてお前が傷つく必要なんかない」
「待て、何しやがった」
「好きになってくれてありがとう。次はこんな男に引っかかるなよ」
「っ、……」
 そいつはニタリと笑ってみせた。悪巧みするときの顔だと俺には分かる。この顔をされると血が疼いて興奮する。こういう時には必ず呼びかける名前があったはずなのに、思い出せない。分からないなんてことがあるかよ、早く思い出せ。……思い出すって何を?
空っぽの空気だけが喉の奥で詰まった。それを察したのか、「おい、なんで手なんか握ってんだ?」と聞かれる。
……本当だな。女ならともかく、知りもしねぇ野郎の手を握る趣味なんか俺様にはねぇよ。振り返りもせず歩きだす。


3、2、1


2021/06/28 06:36
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