松3
小さい頃の話だ。
「なー、チョロ松」
「…なんだよおそ松」
本ばかり読んでいるあいつを呼ぶと、顔を上げてこちらを見る三男。
きっといい所で声を掛けられたからだろうな。その表情はムッとしていた。
「いや?ただ呼んだだけ」
「はぁ?なら呼ばないでよ」
そう言うとまた視線を本へと戻す。
「ねー、チョロ松」
「…今度は何?」
本を読んでいるのを邪魔されたくなければ、嫌なら無視すればいいのに、こいつは優しいから呆れた表情を見せながらもこちらに視線を寄越す。
「なぁ、どっか遊びに行こうよ」
「…分かった。ちょっと待って」
少し考えてから本に栞を挟んでパタリと閉じ、片付けるとこちらに近付いて手を差し伸べてくる。
今ならこの意味を分かっているけれど、当時の俺は分かっていなくて。
「…は?」
「は?じゃないよ。おそ松、遊びに行くんでしょ?」
そう言って俺の腕を掴むんだ。
あれから十数年。
「なぁ、チョロ松」
「ん?どうしたんだよ」
本から視線を上げて此方を見つめてくるチョロ松ににっこりと笑みを浮かべる。
「何でもなーい」
そう言うとすぐに眉を寄せて此方から視線を逸らす。
「だったら呼ぶなよ」
暫くしてからまた声を掛ける。
「チョロ松ー」
「…何?」
「どっか行こ」
「分かった。ちょっと待ってて」
本を閉じてショルダーバッグを持って立ち上がると、俺に手を差し伸べる。
ほら、こいつは優しい。…ちょっと不器用なとこがあるけれど。
俺はその手を掴むと立ち上がった。
「チョロー、せめて一言くれね?『一緒に行こう』とか『早く行こう』とかさ」
「は?やだよ面倒くさい」
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