これの続き



玄関のドアを開けたとたん、食欲をそそる匂いが漂ってきて七海は首を傾げた。

「おかえりなさい」
「……料理、できたんですね」

キッチンに立っていた彼女が振り返る。「何かお役に立てればと思って」言いながら小気味よくフライパンを振るう手は止まらない。七海が台所に近づけば、食欲をそそる匂いの元がフライパンの中の回鍋肉であることが分かった。冷凍して忘れかけていた豚バラ肉と、四分の一玉微妙に余らせていたキャベツが綺麗に消費されている。七海が別室で着替えている間に、食卓にはカラリと夕食が並べられ、リビングに戻った七海は「至れり尽くせりだな」とありがたいような申し訳ないような気持ちになった。

「美味しいです」

食卓に座ってから数分後。七海が素直にそう言うと、彼女は照れくさそうに笑った。料理の手際や出来栄えは大人顔負けだというのに、こういった表情はまだ幼くて子供らしい。

「先生のご飯は全部私が作ってましたから」

得意げに言う彼女の言葉尻には、何を思い出したのか少しの寂しさが滲んでいた。七海はそれに気づかないふりをしながら、またひと口ふた口と皿の上の回鍋肉を平らげていく。味付けが少し濃い。きっと、これは先生の好みに合わせた味付けなんだろう。老人と向かい合い楽しげに食事をする彼女の姿を思い浮かべて、その光景は、彼女にとって一番の温かな食卓は、もう二度と戻ることがないだろうことを想って。七海はタレの絡んだキャベツと豚肉を口に運びながら、今のこの時間が少しでも彼女の心を埋めればいいと、そう思った。


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