「もうすぐ着きますよ」

遠く聞こえた車内放送に薄く目を開ければ、耳元でそんな声がした。ああそうか、もうそんな時間……だんだんと意識が浮上するにつれ、もたれた自分の頭の向こうに他人の体温を感じ、サッと血の気が引く。

「え、わ、ごめん寝てた」
「いえ」

あわてて身体を起こした私に、隣の同期はいつもと変わらぬ様子で返事をした……いや、重めの任務に加えての長旅が堪えたのか、確実にテンションは低い。私が寝入る前、彼はぼんやり窓の外を眺めていたような気がするが、もしかしたらその後同じように眠っていたのかもしれない、と思うような掠れた声だ。
彼の向こう側に見える窓へ目を移せば、ガラスに反射する自分の間抜けな顔の奥で、ビルやマンションの明かりが絶え間なく流れている光景に少しほっとした。ひしめく建造物。自己主張の激しいネオン看板。もうそれなりに深い時間だというのに、横断歩道は飲み会帰りの陽気な大学生や疲れきった顔のサラリーマンでそれなりに混雑している。
私は、眠りに落ちる直前に見た、薄暗くひとけのない街を思い出した。自分は確かにあの街で長く時を過ごしてきたはずなのに、どうして平気な顔をして毎日生きていられたのか、今となっては分からなかった。

「……東京って感じがするね」
「それは向こうに比べて、という意味ですか」
「そうそう。私の地元、久しぶりに帰ったら静かすぎてびっくりしちゃった」
「ここより騒がしいところも無いでしょう」

疲れたように眉間を揉みほぐしながら言う七海に、まあそうね、と返してまた騒がしい景色を追う。私は雑踏が苦手だったし、街を歩いていてたまに鼻につく生ゴミみたいな酸っぱい匂いが苦手だった。この人混みよりも、あの静かな街に静かに暮らすほんのささやかな人達の方が私には深く関係があるというのに。どうして、私は慣れ親しんだ土地を救おうと奮起していた傍ら、この場所に帰りたくてたまらないと思っていた。

「もう一眠りしたいな……」
「帰ってからいくらでも寝てください」

伊地知くん、もう着いているみたいです。いつの間にかスマホを取り出して画面を確認した七海が言う。なんとはなしにそれを横から覗き込むと、「着きました!ロータリーでお待ちしています」という伊地知くんの連絡に対し「ありがとうございます」と感嘆符のひとつも無い淡々とした返信が見えて、何か無性に突っかかりたくなってしまった。

「七海、スタンプとか持ってないの?」
「持ってますけど」
「こんなに遅くに迎えに来てもらってるんだから、号泣しながら感謝を伝えるスタンプくらい送らないと」
「……連絡を無視してるアナタに言われたくありませんが」
「え?」
「伊地知くんが、アナタから返信が無いと心配してましたよ」

七海の言葉に、眠っていた二時間程の間まったくスマホを確認していなかったことに気づく。あわててポケットに突っ込んでいたスマホを取り出すと、未読メッセージが4件。伊地知くんから迎えに行く旨の連絡が1件、その他の3件は母親からだった。

「あらら、平謝りのスタンプ送っとこ」
「……アナタがよく使うソレ、あまり謝罪の気持ちが伝わってこないんですよ」
「えーーー号泣しながら土下座してるのに!?」
「そこまでやるとギャグじゃないですか」

ハア、と七海が吐いた溜息に呼応するように、明るいメロディと今度こそ到着を知らせる車内放送が流れる。そっか、このスタンプふざけてると思われてたのか……と若干ショックを受けながら伊地知くんとの会話画面を眺めていたら、シュボッと、返事をするようにグッと親指を立てながら跳び箱を飛ぶうさぎのシュールなスタンプが送られてくる。思わずあははと笑えば、七海も気になったのか横から画面を覗き込んで「なんだこれ」というような顔をしていた。


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