「あ、コスモスだ」

きれ〜、と間延びした声で言いながら、彼女はポケットからスマホを取り出して歩いていった。その先には、河川敷の道に沿ってしばらく、色とりどりのコスモスが群生している。
カシャ、カシャ。電子音が何度か響く。五回ほどシャッターボタンを押してから「よし」と満足げに頷いた彼女の背中を、後から追いついた七海は黙って見下ろしていた。

「あれ?七海も撮る?」
「私はいいです」
「七海って、あんまり写真撮んないよね」
「まぁ……アナタに比べたら撮りませんが」

七海も感動するくらい綺麗な景色や、はたまた感動するくらい美味しい食べものや料理に出会ったらカメラを向けることだってある。ただそれは単なる記憶の補助的な用途に過ぎず、例えば友人を出掛けに誘う時とか、上司の接待が決まった時とか、目の前の同期にどこか行こうとせっつかれた時とか……たまにカメラロールを遡っては「ああこんな所があった」と頭の引出しを開けるような、その程度のものだ。
だから別に、見たところ頻繁に手入れしているわけでもない、河原沿いのコスモスの群生を足を止めてまで撮る気にはならない。というのが七海の正直なところだった。

「ねえ見て、綺麗に撮れた!」

向けられた画面に目を移せば、確かに彼女の切り取った風景は美しかった。赤もピンクも白もオレンジも、この一帯に咲いている花の色は全て入っているし、そのくせみすぼらしい枯れ草や既に散っている花は画角にほとんど入っていない。
この写真を見てここに来た人間は詐欺だと思うんじゃないだろうか、と七海は褒めてるのか貶しているのか微妙なラインの感想を心の中で呟いた。

「いつも撮ってるだけあって、上手いですね」
「え、そう?七海に褒められると嬉しいかも」

へへ、と照れたようにはにかむ彼女につられて、七海も少し笑った。ざあっと風が吹いて、彼女の背後ではコスモスたちがゆらゆらと頭を揺らしている。
カシャ。聞き慣れた電子音がしてから、彼女が自分にスマホを向けていることに気づいた。七海があからさまに眉を顰めると、カメラを下ろした同期はごめんごめんと笑いながら、しかしその指はしっかり保存ボタンを押している。

「肖像権」
「いーじゃん、別に減るもんでもないし」
「じゃあ私も撮ります」
「ええやだよ……任務帰りでボロボロなのに」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

七海はポケットからスマホを取り出すと、彼女が手を伸ばすよりも先にシャッターボタンを押した。そのまま頭上に手を上げれば身長差のある彼女が届くはずもなく、顎のあたりに恨めしげな視線を感じつつも撮れた写真を確認する。

「最近の手ブレ補正ってすごいですね」
「ええ!?絶対ブレてると思ったのに……」
「可愛く撮れてますよ」
「んな無表情で言われても」

もう知らん、と言って彼女はスタスタと歩き始めてしまった。七海も画像が保存できたことを確認すると、ポケットにスマホを突っ込んですぐにその後を追う。
実のところ、プライベートに二人きりで出掛けたことはあったが、二人は別に恋人同士というわけではなかったので、お互いの写真を撮るなんてことはこれが初めてだった。

「減るもんでもないんでしょう」
「減るわ!絶対マヌケな顔してたもん……」
「それを言うなら私だって」
「もっとかっこいい写真撮れたら消すからぁ」
「……では私もそうします」
「約束だからね!?」


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