「七海ってさぁ」

それだけ言って、口を閉じる。そっと視線を上げると、向かいで新聞を読んでいた七海も同じように顔を上げた。何ですか、なんてわざわざ声に出さずとも、じっと注がれる視線からは私が次に発する言葉を待っているだろう空気がひしひし伝わってくる。

「ううん。何でも」

少しの間を空けて首を振れば、七海はあからさまに眉を顰めた。

「何ですか?」
「だから、何でもないって」
「……」
「気になる?」
「ええまぁ……」
「……ふっ、あは、昨日五条さんに言われたの」

名前が話し始めると、七海は『待て』って言われた犬みたいだよなって。
言いながら、名前の頭にはつい先刻の七海の姿が浮かんでいた。自分の口から出てくるであろう、次の言葉を待ってじっと聞き耳を立てる彼の姿。それはかの先輩が冗談半分で喩えたように、飼い主のひと声を待つ大型犬を彷彿とさせて、それが名前にとっては可愛くて仕方がないのだった。
バサリと、七海の持つ新聞が鳴った。その向こうには、不愉快というよりはバツが悪いと言いたげな、苦い顔をした彼の姿が見える。舌打ちのひとつも覚悟していた名前は、そんな予想と少しずれた彼の様子に目を丸くした。

「え、図星?」
「……思い当たる節が少し」
「ふーん……?」
「でも犬はさすがに心外です」
「私は『可愛い』って意味で言ってるよ?」
「嬉しくないですし、あの人は絶対違う意味で言ってますから」



***



「七海ってさー」

向かいで気だるげに脚を組んでいる男の声を、七海は完全に無視して手元の新聞に目を向けた。……は?シカト?ねぇ七海聞いてる?もしかして前の任務で耳落としてきた?なら僕が拾ってきてやろうか三億で。あ、そういや昨日任務終わりに食った酸辣湯麺が激マズかったんだよねぇ〜……などと勝手気ままに繰り広げられる五条の会話をかわし続けることは、今の七海にとって実に簡単なことだった。が。

「名前って今出張中だっけ?」

不意に投げかけられたその問いに、思わず視線を上げてしまった七海は、サングラス越しの瞳がニンマリと弧を描くのを見てここ数日のどんな過酷な任務よりも憂鬱な思いがした。

「アイツのこと、そんなに心配?」
「……まあ」
「お熱いですな〜お二人さん!」
「……」
「七海が黙ってもこの話は続くからね?てか……プッ、さっきの七海の反応さぁ」

犬みてえ。そう言ってゲラゲラ笑い出した五条を前に、七海は手元の新聞を固く丸めて投げつけたい衝動に駆られるも、彼の喩えを完全には否定できない自分の姿を思い返して溜息を吐くにとどめるのだった。


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