七海と呪骸の女の子
ノベライズ版の内容を少し含みます



「突然で悪いが、三日間この子を預かってくれないか」
「……は?」

七海の目の前には、呪術高専の現学長である夜蛾正道がいた。身分上は上司にあたり、なおかつ自分の学生時代の教師でもある夜蛾の要望にはできる限り応えたいと日頃思っている七海ではあったが、彼の口から出た言葉と彼の隣に立っている……どう見ても十代半ばの少女に対して、七海は今思いっきり苦い顔をしていた。

「あの……話が見えないんですが」
「ああスマン!先にこの子の説明をすべきだったな」
「学長の隠し子ですか?」
「悟にも全く同じことを言われたが、違うぞ」

ふと頭に浮かんだ疑問を口に出せば、夜蛾にそう返されて七海は「よりによってあの人と同じ下らないことを言ってしまった」と少し後悔した(五条がこれを聞いたら「僕の言うこと全部下らないことみたいに言うんじゃねーよ七海のハゲ」と悪態をつくに違いない)。
気を取り直して、それでは一体何なんです?と七海が視線で続きを促すと、夜蛾は少し躊躇うようにゴホンと大きく咳払いをしてから口を開いた。

「これは、私の遠い親戚が作った呪骸でな」
「呪骸?……この子が?」
「ああ。私たちでも一瞬騙されるくらいよくできているが、正真正銘、呪術師の作った呪いの人形だ」

正真正銘、と改めて言われずとも、呪術師である七海には「それ」にこびりついた術師の残穢が見えていたし、呪骸独特の禍々しい気配も感じていたのだが、それでも彼が思わず聞き返してしまうほど……目の前の少女の外見は人間としてあまりにも自然だった。
彼女はシンプルな紺のワンピースに身を包んでいたが、その袖から伸びる腕や裾から見える足は白く滑らかで血の気があった。肩まで伸びる癖のない髪の毛も、七海を見上げる黒い瞳や規則正しくまたたく薄い瞼も、とても人工的に作られたものとは思えない。この精巧さは、もしや。

「……この呪骸、死体を素材にしているのでは?」
「!その通りだ。よく分かったな」
「ええまぁ……以前似たようなものを目にしたもので」

彼女から視線を外しながら、七海は以前五条と北海道に出張したときのことを思い出していた。死者蘇生という呪詛師の甘言につられて道を踏み外しかけていた母親と、その腕に抱かれていた赤子の呪骸。あれも呪術師が見ればこそ分かるとはいえ、端から見れば赤子以外の何物でもない、よくできた人形だったと思う。
この少女の呪骸を作った術師は、夜蛾の遠縁の老人だという。この作りからして人間の死体が使われていることは確実、呪骸を発見した術師たちは早急に死体の入手経路や方法を探ったが、未だ手がかりを得ることはできておらず、また肝心の老人は発見時すでに病に侵されており現在は昏睡状態。寿命幾ばくもないのだと、夜蛾は話し始めた時よりもワントーン低くなった声で言った。

「術師が死ねば呪骸も止まる。それまでは、彼女の身元を探るためにも呪骸の術式をもつ私が預かることになったんだが」
「そのことには納得しますが、なぜ私が彼女を三日も預かることになるんです?」
「それが、急に明日から出張が入ってしまってな……当然この子を連れ回すわけにもいくまいし」

始めは悟に託そうかと考えたんだが、アイツも明日から数日出張だとキッパリ断られてな。悩んでいたところに「七海がいんじゃね?アイツ定時上がりがモットーだから他のやつよりペット預けるのに向いてるだろうし。何よりこの子結構可愛いから、七海みたいな倫理観のあるやつに任せないと……あ?硝子?ダメダメ、こんな珍しいオモチャ渡したらすぐ解剖されちゃうっての」と悟が言ってきたんだ。
夜蛾の口から出た先輩術師の言い分に、七海は頭の痛い思いがした。というか痛い。明らかに偶然パッと浮かんだ自分の名前を適当に挙げたに違いないし、呪骸とはいえ見た目は少女であるこの子を「ペット」やら「オモチャ」呼ばわりする彼とは永遠に分かり合えない、いや分かり合いたくないと心底思った。

「……分かりました。三日間だけなら引き受けましょう」
「おお本当か!助かった……土産は期待してくれていいぞ」
「土産はいいので一刻も早く帰ってきてください」

肩の荷が降りたのか、先程よりも饒舌になった夜蛾からさらに踏み込んだ話を聞きながら、七海は彼の隣の「それ」にふたたび目を向けた。少女の瞳は七海の姿を映していたが、それはぼんやりと空を見上げているような、心をどこかに置いてきてしまったような、そんな瞳だった。


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