リーマン七海と同僚
「偉いですよね」
ぽつりと呟くような声に、返事がないので見回せばフロアには私と彼の二人しか残っていなかった。先ほどの言葉を思い返し、ああうん七海くんは偉いと思うよ、と動かす手は止めないまま返事をすれば、斜め向かいに座る七海くんは浮かない顔をする。
「……今、私が、自分を褒めたと思います?」
「えー、だって七海くん偉いし。上司に残務投げられて、こんな時間まで残って」
今日は特段トラブルも急用もなく平和な一日のはずだった。それが、夕方上司に入った一本の電話により一変し、肩を叩かれた私と七海くんは「どうしても外せない用」があるらしい上司に業務を押し付けられて現在に至る。
パソコンの液晶画面を確認すれば時刻は23時を回っていた。さっきから欠伸ばかりしている私に比べ、顔色ひとつ変えずに淡々と作業を進めている彼は本当に偉いと思う。
「それはアナタも同じでしょう」
「私は日付変わる前に帰るもん」
誰かさんと違って集中力がもちませんから。頑張りすぎる彼に少し皮肉を込めたつもりだったのに、充分偉いですよ、なんて妙に素直な言葉が返ってきたものだから、私は何も言えずただ黙りこくってしまった。
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