やだやだやだ。
どうして呪術師なんか続けるの?
嫌だ、私七海がいなくなったら生きていけないよ、ねぇお願い、いかないで。

いつものように家を出ようとする七海を、私は引きとめてまるで子供みたいに駄々をこね続けていた。抱きついて、いつまで経っても離れない私に、始めは説得を試みていた彼も今はただ黙って立ち尽くしている。この逞しい腕で、振り払おうと思えば私なんて簡単に振り払えるだろうに、七海はいつまでもそれをしなかった。だからといって部屋に戻ろうともしないあたり、彼は私が折れるまで折れてはくれないんだろうなぁという冷たい確信が、ひたひたと私の心を冷やしていくのだった。
呪力があって呪霊が見えて戦えて、そんな彼が呪術師ではない生き方を選ぶのは不自然なのかもしれない。画鋲で穴があいた壁を眺めるような、違和感や気持ち悪さを感じるのかもしれない。できるけどやらない、みたいな。見えるのにできない、みたいな。でもそんなの時間が過ぎれば忘れる。七海が呪術師として救うはずだったたくさんの命を背負ってでも、私は私の大切なものを守れれば、失わなければ、それでよかった。
抱きしめた身体はあたたかくて、顔をこすりつけたワイシャツはアイロンの糊と洗剤と彼の匂いがした。背中に回した手でぎゅっとそれを掴む。引きとめたくて、どうしても離したくなくて、私はただただ抱きしめることしかできなかった。

「……私は」

七海は、自分の胸に押しつけられている私の頭を撫でながら言った。アナタの言うことは痛いほど分かっている、つもりです。何を言ってもあまり説得力はないかもしれませんが、私だって死にたくない。それでも生きて戻れる保証はないし、ここに必ず帰ってくるという約束もできない。

「今、やっと分かりましたよ。呪術師がクソなのにいなくならない理由」

私みたいなどうしようもない人間が、世の中にたくさんいるから、なくならないんだ。アナタみたいな優しい人間を泣かせる、どうしようもない人間が。
七海の言葉を否定したかったのに、頭を撫でる手が離れるのが怖くて私は縋ることしかできなかった。私は優しくなんてなかった。優しいのは他人のために命を懸けてしまえる彼だった。優しい人間がたくさんいる世の中はとても素晴らしいものに思えるのに、どうしてこんなに憎たらしいんだろう。どうして優しい人間が消費されなければならないんだろう。優しい人間が報われないのではなく報われたからこそ成り立つこの世界の仕組みが、私は、大嫌いだった。


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