「私をなじってもいいですよ」

と七海に言われたことがある。彼が出戻ってすぐのことだ。「なじる」私はおそらくとても間抜けな顔でそう繰り返した。その言葉の意味を、私は何となく知っていたけれど、今ここで私が彼をなじる理由がまるで分からなかった。そもそもなじるという言葉をどんな漢字で書くのかも、私はちっとも知らないのだった。
そう言えば、七海は少し黙ってから、「ごんべんに吉兆の吉です」と妙に苦い顔で応えた。

「ああ、詰…」
「気になるのはそこですか」
「だって頭の中で変換できなかったんだもん。ふりがなは」
「……るです」
「へぇ〜初めて知ったなぁ」
「……」

じとりと注がれる視線に、私は何と返そうか迷いながら頬を掻いた。今のはここで話を終わらせようという私なりの優しさだったんだけど。この人は一体私に何を求めているのやら。

「七海って」
「はい」
「マゾだったの?」
「……はい?」
「って五条さん辺りにからかわれたくなかったら、さっきみたいな言い方はやめた方がいいよ」
「……」
「な、何よ……」

ふたたびこちらに向けられた、何だか呆れたような疲れたような視線に少したじろく。そんな私を見る七海の目が、またいっそう細くなって、それからふっと吐かれた息とともに弛んだ。

「……私は」
「ん?」
「一度逃げ出して、アナタを一人にした。それなのにまた……今更ノコノコ戻ってきて」

小言の一つも聞かないとフェアじゃないでしょう。……それだけでは足りないことは……十分承知してますが……。
語尾にかけてもごもご言い淀む七海の姿は、まだ何もかも自信がなかった学生時代の彼を思い出させて、私は何度か目を瞬かせた後に笑った。「七海ってたまにホント馬鹿」笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながらそう溢したら、自分で詰ってくださいと言ったくせに、ちょっと腑に落ちないような顔をするのがおかしくてまた笑った。


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