「おつかれサマンサ〜」
「……もう今日の仕事は終わりましたけど」

任務を終え、目の前に止まった黒塗りの車に乗ろうとすれば、後部座席に見知った顔があり思わず顔を顰めた。……今さら助け舟でもあるまいし、この気の抜けた様子を見るとなんだかロクな要件ではない気がする。運転席に文句を言いかけるも、若い補助監督の横顔にはもう気の毒になるくらい疲労の色が見えていて(きっと彼なりに抵抗したのだろう)、七海はハァと深いため息を吐くと、しぶしぶ助手席のドアを開けたのだった。



「ハイ七海、かんぱーーい!」

五条の指示で車が向かったのは、高専近くのとある居酒屋だった。運ばれてきたクリームソーダのグラスをこちらへ突き出してくる五条に、七海も手元のジョッキを持ち上げて「……お疲れ様です」と応える。

「なーんか暗いなぁ」
「こっちだって任務終わりで疲れてるんですよ」
「僕だって任務終わりだよ」
「それはお疲れ様でした」

グッと傾けたジョッキはよく冷えていて、乾いた喉を潤すそれは、目の前にいる相手が誰であろうと美味いのだから偉大だ。働き始めてからしばらくは仕事の付き合いで無理やり飲んでいたようなものだったが、ここ数年はこの苦味がむしろクセになっている自分がいて、歳を取ったものだと思う。……味覚という点では、目の前の男のようにいつまでも変わらない例外もいるが。

「モテる男は辛いねぇ」
「……急に何の話ですか」
「名前の話に決まってんじゃん!」

テーブルの端に置いてあったお通しの駄菓子を肴にクリームソーダを飲みながら、五条がニヤニヤと笑みを浮かべた。「本当のところどうなワケ?僕としては、可愛い教え子の恋路を応援してるんだけど」応援してるんだけど、なんて今更そんな白々しいことを言い出す先輩術師に七海は頭の痛い思いがする。この人は何かにつけて「今日名前がさぁ〜」なんてペラペラと彼女の個人情報を自分に流してくるのだ……そのことを彼女は知っているんだろうか?もし知ったら、この担任もろとも自分まで絶交されかねないと思う。

「確実に面白がっているだけでしょう……」
「えー、応援してんのは本当だって!可愛い教え子のためってのはモチロンだけど……名前に関して、七海には感謝しててさ」
「感謝?」
「そーそー。あの子、オマエに憧れて呪術師になったんだぜ?」

実力はまだまだだけど伸びしろはジューブン。これからが楽しみだよ。
そう言って、感謝の言葉を述べた五条に七海は内心かなり面食らった。……この人はずいぶん変わったなぁと思う、以前はこんなに他人を気に掛ける人ではなかった。自分が呪術師に戻ってふたたび高専を訪れた際、後進の育成に力を入れると言われたときは驚いたものだ。数年の月日が自分を変えたように、この自分を「最強」と言えてしまえる男にも、過ぎゆく時間のなかで色々と変わったものがあったということだろう……まあ、今までのアレコレがあるので尊敬まではできないが。

名字さんは昔、呪霊に襲われたところを私に助けられたのだという。高専時代にあったというその出来事の記憶は朧気で、彼女自身から話を聞いた後でさえ、あのとき助けた幼い女の子と今の彼女を自分のなかで結びつけることはできなかったけれど。自分が救った命が現在につながって、今度は同じ呪術師としてふたたび出会い、元気に笑っている姿を見ることができるのは素直に嬉しいと思う。
そして……ああして真っ向から好意を向けられるのは、悪い気はしないというのが七海の正直な感想だった。

「……十違うんですよ、彼女と私」
「七海も歳取ったよねぇ」
「お互い様でしょう」
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