「やあ、久しいね名前」
「……」
「どうしたんだい?そんなマヌケな顔をして」
「…………びっくりしてるんだよ」

目の前には、高専のロビーにあるのと同じくらい大きな来客用のテーブル。その向こう側に座る彼は、ようやく口を開いた私の言葉に「そりゃそうだ」と手を叩いて笑った。最後に会ったときからずいぶん伸びた黒髪が、やけに大きな笑い声とともに揺れている。

「一体何年ぶりだろうね?名前は綺麗になったな」

いけしゃあしゃあと、そんな歯の浮くような台詞を並べる彼に私はただただ苦い顔をする。目の前に座る僧侶のような格好をしたこの男……夏油傑は、私や五条くんの高専時代の同期であり、現在呪詛師として絶賛指名手配中の超特級問題児であった。

「五条悟の弱点になる女がいるとは聞いていたけど、まさか名前だなんて」
「……」
「キミたち、高専時代はそこまで仲良くなかったろう?」
「……色々あったんだよ」
「へえ。ぜひ聞きたいね」
「『色々あった』の筆頭が何言ってんの」

腕を組んで、ニヤニヤと胡散臭い笑みを浮かべている夏油くんはさっきから楽しくて仕方がないという様子だった。……ずいぶん雰囲気変わったんだなぁ。高専時代はクールというか、大人びているというか、そんな印象だった。まあ、隣にはいつだってあの自由奔放な五条くんがいたから、余計にそう見えただけかもしれないけれど。
会話を続けつつ、夏油くんに悟られないようチラリとスマートフォンが入ったポケットに目をやる。ここに連れて来られたとき、なぜか通信機器を含めた所持品の没収は一切無かった。だから私はすでに高専へSOSを発信済みだし、GPSも起動しているから、恐らく数分後には助けがくるはずだ。……そんなこと、彼に予想がつかないはずないのに、夏油くんは一体何を考えているんだろう。
ふと手元へ落ちた影に顔を上げれば、いつの間に近づいたのか、隣にはニッコリと笑みを浮かべた夏油くんが座っていた。肩が触れ合うほどの至近距離にたじろくと、やけに高級そうなソファーのスプリングがギシリと軋む。

「私が何を考えているんだろう、って思ったんだろ?」
「そ、そうだけど…」
「名前がSOSを出せば、きっと悟が真っ先に助けにくる。それが狙いさ」
「アジトがバレてもいいの?」
「この場所はあくまで仮の住処だからね」

いつ捨てたっていいんだ。耳元で囁かれた声に、ゾワリと鳥肌が立つ。咄嗟に立ち上がろうとすれば、先に肩を掴まれてソファーの背もたれに押し付けられた。いくら身を捩って逃げ出そうとしても夏油くんの大きな手はビクともせず、むしろ徐々に縮まっていく彼との距離に、さすがの私も血の気が引いていく。

「ちっ、ちょっと!!離してよ!!」
「名前、本当に綺麗になったね」
「からかわないで!」
「ああお世辞じゃないよ?……悟が惚れる気持ちも、少しは分かるかな」
「な、に言って…」

頬を滑る指先は冷たい。互いの息がかかるほどの距離で、ふっと緩んだやわらかい笑みが私の記憶の中にある『あの頃』の夏油くんと重なって。ほんの一瞬だけ、抵抗していた腕の力が抜けてしまったから。
思わずぎゅっと目をつむった瞬間………ドゴンッ!!!!!と強烈な破壊音と振動が部屋中、というか建物中に響き渡った。突然の衝撃に、心臓が爆発したんじゃないかと心配になるくらいバクバクと早鐘を打っている。おそるおそる目を開けると、そこには外まで貫通した大きな穴と、元は壁だったと思われる瓦礫の山。その中央には、ゲームのラスボスのごとくドス黒いオーラを纏った人類最強の男が仁王立ちしていた。

「今すぐ名前から離れろ。さもなければ殺す」

地の底を這うような低い声。真っ青な瞳は遠目にも分かるくらい、確かな殺意をたたえてギラギラと輝いていた。しかしそれを一身に受けている当の本人は、あろうことか私の肩を抱き寄せて「どうやら状況が分かっていないようだけど」なんて笑ってみせるのだからタチが悪い。

「今悟のとんでもない技を出したら、名前まで巻き込まれてしまうよ?」
「オマエの頭だけ吹っ飛ばせば問題ない」
「それよりも先に私が名前を殺すけどね」
「……傑、オマエ一体」

誰に向かってモノ言ってんだ?
ビリビリと空気を震わす、痛いくらいの殺気。五条くんが指印を組んだ瞬間、肩に置かれていた手がパッと離れて、目の前にいたはずの夏油くんの姿はみるみるうちに黒い靄に飲み込まれていった。「死にたくないからもう行くよ」とんだ地雷になったものだね、名前。そう言って愉快げに笑う彼を、ここで行かせてはいけないと頭では分かっているのに。

『それよりも先に私が名前を殺すけどね』

ついさっき、一瞬でも向けられた自分への冷たい殺意に、身体が凍りついたように固まって動けなかった。

まるで何事も無かったかのように、夏油くんを飲み込んだ黒い靄は跡形もなく消え去っていった。ぺたりとその場に座り込んでしまった私を、駆け寄ってきた五条くんが抱えてぎゅうぎゅうに抱き締めるから、苦しくて温かくて、いつの間にか溢れだした涙が彼の肩を濡らしていった。
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