五条くんから「飲みに行こう」と誘われたのは、たぶんおそらくこれが初めてのことだった。もちろん二人で夜に外食をすることはザラにあるし、硝子に誘われて五条くんと三人で居酒屋に行くこともしばしばある。とはいえ、彼は下戸な上に子供舌ときているので、酒の席に着いても注文するのはジュースやノンアルコールカクテルだし、酒のアテになるような食べ物も自分から進んでは食べないから、それならば二人きりの外食時にわざわざ飲酒を目的とする店に行く必要はないだろう……というのが私たちの間で暗黙の了解となっていたのに。まさか、五条くんの方から「飯に」ではなく「飲みに」という言葉が出てくるとは。



「でもまーこうなるよね……」
「えぇ〜なになに?」
「うわっ、ちゃんと歩いてよ五条くん!」

案の定、ビール一杯で完全に酔っ払ってしまった五条くんを、私は彼の腰に引っついて支えながら歩いていた。店を出る時点で誰かしら男性を呼び応援を頼もうかとも考えたのだが、知り合いを呼び出すには時間も遅くなっていたし……何よりこんなでもわりと意識はハッキリしているようなので、この場に他の男を呼べばさらに面倒なことになりそうだ、と少し想像したところで私は早々に諦めてしまったのだった。

「あるいてるし。名前がおれによっかかってんだし」
「ちょ、まじで重いんだってムリムリ……!そこの公園で一旦きゅーけー!」
「アハハ、きゅ〜け〜」
「………はぁ………」

通りかかった公園へ彼をズルズルと引き摺りこみ、何とかベンチに座らせる。ちょっと待ってて、と言って近くにあった自販機で水を買い、戻ってペットボトルを渡せば五条くんはそれをぼんやり見つめながら「なにこれ」と呟いた。

「水だよ。これ飲んで、少し休んでいこう」
「さきにのんでいーよ」
「ええ?……うん、じゃあお先に」

なぜか渡したペットボトルを返されて、私は内心首を傾げながらそれを受け取りキャップを捻った。ごくごくと水を飲めば、いつの間にかカラカラに乾いていた喉が潤っていく。はぁ……私も今日はちょっと飲みすぎたかも。五条くんが滅多なことをするから私も調子が狂ってしまった。……もしかして、私が意外と酔っていることに気付いて先に水を飲ませてくれたんだろうか?彼は私以上に私の体調に気が回るところがあるから、ありがたく感じると同時にたまにちょっと怖………いや何でもない。
飲みかけのペットボトルを渡せば、五条くんはそれを受け取りあっという間に残りを飲み干してしまった。

「プハーいきかえった!ありがと名前」
「……五条くん、今日何かあった?」
「なんで?」
「だって、急に『飲みに行こう』なんて言うからびっくりしちゃった」

元々、今夜は外食の予定を入れていたのだ。だから午後に入って、今日のお店はどこにしようかな、なんて頭の隅で考えながら自分のデスクでキーボードを叩いていたらニコニコ上機嫌の五条くんがやってきて。爆弾投下。それからの数時間、私はパソコンに向かってはいたものの彼の「飲みに行こう」宣言により仕事は何一つ進んでなかったように思う。
私がベンチに座れば、隣の五条くんはんー……と言いながら背もたれに思いっきり寄りかかって空を見上げた。ガタッとベンチが揺れたので、ひっくり返るんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたがそこは上手くバランスを取っているようだった。

「……名前はさー、酒のむじゃん」
「うん」
「てか、けっこーすきじゃん」
「……言うほどでは……」
「いやオマエ、しょーこに負けず酒すきなんだって!今日も、なんかいつもよりたのしそーだったし……」

だんだん小さく萎んでいく声に、隣を見れば上を向いたまま両手で顔を覆っている五条くんがいた。その体勢のまま黙り込んでしまった彼に、私はおそるおそる話しかける。

「え、まさか、泣いてる……?」
「泣いてねぇよ」
「よ、よかった……」
「まー泣きそうだけどね」
「……五条くん、私がお酒好きだから一緒に飲もうとしてくれたの?」

私の言葉に、ぴくりと反応した彼はゆっくりと両手を下ろしてこちらを向いた。ぜーんぜん飲めなかったけどね。不貞腐れたようなその顔は、アルコールのせいか羞恥心のせいかうっすら赤くなっている。ぷ、と思わず噴き出せば「なにわらってんだよ」と頬を引っぱられてますます笑いが込み上げてしまった。

「ふは!いはい、はなしへ」
「あーーもーーぼくのどりょくを笑いやがって!」
「わらっへないもん」
「カオがにやけてんの〜」
「や、だっへ………ごじょーくんとふたりで居酒屋なんてめずしかったから、今日は楽しかった、けど」
「……けど?」
「お酒がなくたって、私は五条くんとごはん食べられるなら嬉しいよ」

そう言えば、はたと動きを止めた五条くんはじっと穴があくくらい私の顔を見つめた。薄暗い公園のなかで、青白い瞳がゆらゆらと揺れている。名前は、ぼくとごはんたべるの、うれしいんだ。道を訊ねる迷子の子供みたいな声に、私が笑って頷けば、五条くんはぐっと何かを堪えるような顔をしてから「ならいい」とだけ言って立ち上がった。

「もうちゃんと歩ける?」
「うん……酔い覚めたわ」
「よかった。五条くんは今後一切アルコール禁止ね……」
「言われなくても、名前以外のやつのためになんか死んでも飲まないよ」
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