私は一介の補助監督である。呪術高専を卒業して、この仕事を始めてから約三年。ここ最近は二級から三級術師のサポートをする日々が続いていたが、今日は珍しく学生二人を担当することになった。高専のかわいい後輩たちである。

「七海です。よろしくお願いします」
「苗字です。今日は送迎お願いします!」
「はい、こちらこそよろしくね」

二人を車の後部座席に乗せて出発する。行き先は都心から少し外れた農村で、村で唯一の学校に湧いた呪霊を祓うことが今回の目的だ。被害はまだ物の紛失や異音程度で済んでいるらしいから、せいぜい四級程度の呪霊だろう。等級の関係で、まだ単独での任務に就けない二人が担当するにはもってこいの案件だった。
私の説明が終わると、渡した資料をパラパラ捲っていた苗字さんが「これ単なる誰かのイタズラじゃないんですか?」と首を傾げた。それに私が答えるよりも早く、彼女の隣に座る七海くんが「苗字」と眉を顰めるのがバックミラー越しに見える。

「『窓が学校敷地内で呪霊を確認済み』とそこに書いているでしょう」
「え?あ、ホントだ」
「しっかりしてくださいよ…アナタはいつもそうやって」
「あー分かったって!ごめんなさい!」

くどくど続きそうになった同期の言葉を遮って、苗字さんはまたパラパラと何枚か資料を捲った。それを七海くんは呆れた目で見ている。朝の簡潔な挨拶といい、デフォルトの不機嫌そうな表情といい、彼はどちらかというと他人に積極的に関わろうとしないタイプかと思ったけれど。案外そうでもないらしい。あーだこーだと言い合っている二人の声を背中に聞きながら、これは車内での会話に気を遣うこともなさそうだな、と私は内心安堵した。

「そういえば、今週の土曜のことだけど」

今日の打ち合わせがひととおり終わったのか、苗字さんがそんなことを口にした。土曜……休日の予定だろうか?呪霊は土日などお構いなしに発生するので呪術師に定休はないが、学生は平日授業があるので、よほど緊急の案件がなければ基本的に土日休みなのだ。
苗字さんの言葉に、隣の七海くんが「あ」という顔をしたが、彼女はそれに気付くことなく話を続けた。

「七海は映画でいいの?他に行きたいとこない?」
「……今その話をしなくても」
「だってまだ時間あるし!」

話を遮ろうとする七海くんに構わず、苗字さんは無邪気な笑顔で「寮を出る時間はどうしよう」とか、「お昼は何食べよう」とか、そんなことを言っている。その話の内容と、彼女の隣でどんどん表情を曇らせていく彼の様子を見て、私はハハ〜ンと思いながらバックミラー越しに笑いかけた。

「二人で映画行くの?デート?」
「…は?」
「はい!最近私も七海もバタバタしてたから久しぶりに…」
「わ〜いいね。楽しんできてね」
「ありがとうございます!」
「名前、ちょっと、おい」

ニコニコ嬉しそうに笑う苗字さんがかわいくて、思わずこちらまで笑顔になる。その隣で焦った顔をしている七海くんは、彼女を思わず下の名前で呼んでしまっていることに気付いていないようだ。二人きりのときは名前で呼んでるんだなぁ、と心の中で微笑ましく思っていたら、「いつも名前で呼んでくれてもいいのに」と1ミリも悪気のない顔で笑う苗字さんの横で七海くんは頭を抱えていた。

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