夏もおわるというのにまだまだ東京の夏は暑く厳しい。コンビニに入った瞬間そこは極楽天国でわたしは「はぇ〜…」と間の抜けた声を出しながら額の汗を拭った。入ってすぐ、長身の男性が目にとまる。クラスの半分が180越えの男子で長身には見慣れているとはいえ、やはり身長の高い人を見かけると思わずじっくり見てしまう。アイスケースをじっと見下ろし続ける長髪長身の男性の様子を伺いながら彼の向かいに立ってわたしもアイスケースを見下ろした。

「(ガリガリくん……でも途中で落としちゃうかも…新商品……夏みかん…おいしいのかな……)」

冷えたアイスを頬張る瞬間を想像したらごくりと喉が鳴った。どうしよう。決まらない。高専の寮がこのコンビニから徒歩5分内なら全部買っちゃうのに。あの長い階段をわざわざのぼって寮に戻ればわたしの足ではどんなに頑張っても20分はかかる。アイスが溶けちゃう……。

「名前?」

突然夏油くんの優しい声で名前を呼ばれて驚いた。顔をあげれば先程見た長身長髪の男性が夏油くんで驚く。髪の毛が夏油くんの顔どころかあの耳たぶもピアスも隠していたので気付かなかった。

「わ、げげ夏油くん」
「わざわざおりてきたのか?」
「うん。どうしてもアイス食べたくて」
「私が出る時声を掛ければ良かったな。暑かっただろう」

それって夏油くんがついでにわたしのアイスも買ってきてくれるっていう事だろうか?と考えながらわたしは黙って首を横に振った。そんなパシリみたいな事、お願いしたくない。暑いのはみんな一緒だ。

「夏油くん、髪の毛結んでないの珍しいね」
「ああ……」

と、夏油くんが自身の頭を軽く揺らした。シャンプーのCMのようだった。

「暑くない?」
「そうでもないよ」
「ふうん。……寝起き?」

夏油くんの目が少し見開かれる。
いつもより彼が気怠げで、覇気のないように見えるのはその真っ白な大きなTシャツと穴のあいた明るい水色のジーパンにサンダルという格好だからだろうか?もう15時も過ぎて16時に近い。いくら休日とはいえ夏油くんがそんな生活をおくっているとは思えなかったが、彼の雰囲気からそう感じた。

「………悟と夜通しゲームをしていてね」
「ゲーム?」
「桃鉄。知ってる?」
「電車のゲームだよね?」

夏油くんの唇の端が少し上がる。アイスケースに隠れて見えなかったが、彼はカゴを持っていたらしくそれを胸元まで持ち上げわたしの方へと傾けた。

「うわ。甘いものばっかり」
「罰ゲームの買い出しに来たところなんだ」
「だからそんなにヨレヨレ……」
「みっともないところ見られちゃったな」
「レアだレア、SSRだ」

と声を出して笑えば夏油くんも目を細め小さく肩を揺らし笑った。

「アイスも五条くん?」
「アイスは私の。どうせ寮に戻る頃には溶ける」
「やっぱり食べて帰るしかないよね。自販機あるけどたまには違うのも食べたいじゃん」
「ああ」

寮の近くにあるアイスの自販機を思いだす。そうなるとやはりバニラだとかチョコのカップ系はやめて氷っぽいのが良いな…とわたしはまたアイスケースを真剣に見つめた。

「名前はどれを食べるんだ?」
「こっちかこっち」

ガリガリくんと夏みかんを交互に指差す。そこに夏油くんの指もくわわった。

「これ、悟がおいしいって言ってたな」

夏油くんが指差したのは新商品の夏みかん味の氷のアイスだった。

「えっ!!じゃあこれにする……!!」

スイーツやデザートに関しては、食べログやSNSの評判より断然五条くんの言葉の方が信憑性が高い。というか無条件で五条くんの言葉を信じて良いのはスイーツとデザートの感想だけだった。すぐにアイスをひとつとろうとすれば、夏油くんが「私も」と先にアイスを二つ手にとった。思わず夏油くんを見上げる。

「待ってて」

カゴにアイスを二ついれながら夏油くんがレジへと向かう。奢り?まさか。それも五条くんに?カゴがまるで四次元ポケットのように、中からどんどんどんどんスイーツが出てくる。並ぶスイーツと夏油くんの大きな背中をぼうっと見つめる。手持ち無沙汰でふと足元を見下ろせば、爪が一枚、赤黒く染まっていてわたしは急にガッカリとした気持ちになった。ペディキュアでも塗れば良かった。今年の夏は、呪霊との思い出ばかりだ。足元に影が落ちる。顔をあげれば、夏油くんが先程のアイスをひとつわたしに差し出していた。

「はい」
「え"っ」
「あ、他に買うものあった?」

慌てて首を横に振る。

「五条くんの分かなって思ってた」
「こんなにも買わされたのに……?」

眉間に皺を寄せ夏油くんが大きな袋を持ち上げる。思わず笑えば、夏油くんも声を出して笑った。

「ありがとう、夏油くん」
「良いさ。気にしないで。名前はこのあと予定あるのか?」
「ううん。寮に戻るよ。暑いもん」
「じゃあ一緒に戻ろうか」
「うん」

二人でコンビニを出る。もわっとした空気に「うわ…」と思わず呟けば夏油くんが隣ですぐにアイスの袋をあけた。わたしもあければ、彼はアイスだけがはいっていた小さな袋の口をわたしに向ける。そこにはもう彼があけたアイスの空袋がはいっていた。

「ありがとう。じゃあこれわたし持つね」
「……ありがとう。お願いするよ」

夏油くんからゴミのはいった小さな袋を受け取って二人でアイスを齧りながら寮までの道を歩く。

「おいしい!」
「ああ。さっぱりしていて食べやすいな」

じゅう…と吸いながらアイスを齧り口の中に崩す。蝉の声はもうそんなに聞こえなくて、小さく吹く風が揺らす木々の葉が擦れる音が実に心地良かった。

「もう夏もおわるね」
「暦ではとっくにおわってるけどな」
「夏油くんは今年何か夏らしい事した?」
「そうだな……悟たちと流し素麺をしたよ」
「えっ竹で?」
「ああ。男子寮の二階から一階まで。悟が作ったんだ。七海が歩くのに邪魔だとかなり怒っていたな」
「え〜〜〜呼んでよ……」
「えっ来たかったの?」

アイスを齧りながらふんふん!と頷けば夏油くんは「ああいうのを喜ぶのは悟と灰原だけかと思っていたよ…」と実に驚いたように告げた。

「じゃあ次やる時は呼ぶけど、もうやらないと思う」

夏油くんがあまりにも真面目な顔で言うもんだからゲラゲラと笑ってしまった。
夏油くんが食べ終わってしまったアイスの棒を口にくわえて袋の中を漁る。慌ててわたしは自身が持つ小さなゴミ袋の口を夏油くんに向けた。すぐに気付いた夏油くんがありがとうと笑ってくわえていた木の棒をそうっと入れる。再びスイーツたっぷりの大袋に手を突っ込んだ夏油くんが、包まれた小さいクレープをひとつ取り出しわたしに差し出した。

「ひとつあげる」
「えっ良いの……?」
「バレやしないさ」
「………」
「……クレープは好きじゃなかった?」
「ううん。すごく好き」
「そういう気分じゃなかった?」
「めっちゃそういう気分になりました」
「フフ……」

残り一口のアイスを勢いよく口に頬張ればあまりにも冷たくて目と口をぎゅっと閉じるしかなかった。なにやってるんだ、と夏油くんが隣でクレープを持ったまま笑う。

「ありがとう!でも半分こしよう!」
「……共犯というわけか」

食べきったアイスの棒をわたしもゴミ袋に突っ込んだ。彼の手からクレープを受け取る。足を止めその場で半分こにすれば、夏油くんは私の手元を見つめながら静かに尋ねた。

「………名前は今年何か夏らしい事はしたか?」
「………夏油くんと一緒にアイス食べた」

半分こにしたクレープを夏油くんに差し出して笑う。

「フ……それなら流し素麺と違って来年もできるな」
「来年はわたしが奢るから楽しみにしててね」

楽しみだ、と夏油くんが口を大きく開け嬉しそうに笑った。

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