勉強って嫌いだ。覚える事が多すぎるし、呪霊を祓う事に関して何一つ役立つ事なんてない。でも学生の本分に勉強は必要不可欠であって、テストではもちろん最低限だとしてもそれなりの点数をとらなければならない。

並ぶ数式に目眩がした。授業がおわってすぐの教室はたった四人しか居ないはずなのにとても賑やかでまるで普通の学校みたいだった。窓際の席で煙草を咥えながら携帯を触る硝子ちゃん。二人ではなす五条くんと夏油くん。三人を順に見つめ、やはり勉強を教わるなら夏油くんしかいないと感じる。今 はなしかけて大丈夫だろうか…と二人の様子を伺っていれば、すぐに次の授業のチャイムが鳴ってしまった。ああ…と思いながら次の教科書を出す。
すでに特級の夏油くんはわたしなんかよりうんと忙しい。テスト前に時間、もらえるかな…?と考えながらわたしはシャーペンを握った。

放課後。提出を忘れていたプリントを慌てて先生のところに持って行って教室へと戻れば、夏油くんがひとり鞄に教科書を詰めていた。

「夏油くん!」
「やあ。珍しいな。名前が残っているの」
「夏油くんこそ。こんな時間に学校に居るの珍しいね」
「今日は任務がはいっていないんだ」
「そうなん…」

ハッ…!とした。勉強を教わるなら今しかない。

「夏油くん、今時間ある?!」

目をぱちくりとさせた夏油くんが首を傾げる。
垂れている彼の前髪が可愛らしく揺れた。

「まあ。あるけど…」
「数学教えて…!」

大きく開いていた目が柔らかく弧を描く。

「フフ……良いよ。どこ?」

自身の机の中から慌てて数学の教科書を取り出した。

「此処なんだけど…」
「……ああ」

夏油くんの太い指が細い数字をなぞっていく。
彼の薄い唇から発せられる柔らかい声は、苦手な数字の羅列だというのにわたしの耳によく馴染みきちんと理解させた。

「すっっっごくわかりやすかった…!」

自身でも目が輝いているのがわかる。
まさかこんなにあっさりと数学を理解できる日がくるなんて。わたしはものすごく感動しているという事を目で態度で言葉で夏油くんに伝えるが彼は「そう?良かった」と涼しげに笑うだけだった。

「夏油くん、数学が得意なの?」

閉じた教科書をわたしも鞄に詰めていく。隣に座る夏油くんは片手で頬杖をついてこちらを見ていた。日が暮れていく教室で、背中を窓に向けている夏油くんの顔には影が大きく落ちている。

「別に得意ってわけじゃないよ」
「じゃあ夏油くんの得意科目ってなに?」
「得意科目か……考えた事もないな……」

驚いたように言うもんだからわたしも驚いた。なんでも平均以上の結果を出すけれど、まさか普通にやっての結果がそれなのだろうか。わたしなんか必死にやっても平均に並べないのに。

「………そうだな……特別得意なものはないな……」
「うそ」

じゃあわたしが唯一得意だと思っている国語をわたしよりもできる貴方はなんだっていうの?

「私、器用貧乏なんだ」

夏油くんが自嘲気味に笑う。何も言えなかったのは彼の表情が見えなかったからだ。

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