気を緩めると、強い眠気が瞼にのしかかってくる。そのうちふっと意識が遠のいて、重力に負けた頭がガクンと落ち目が覚める。そしてまた気を緩めると重い瞼が落ちてきて……この周回を繰り返すことウン回目、私は隣から伸びてきた手に結構な力で頭を叩かれた。しかもグーパンで。

「いてっ」
「もー寝ろってば!さっきから何回言わせんの」
「……まだ二回」
「ブッブー今ので五回目でーす。さあ行った行った」

私の頭を叩いた手でしっしっと追い払うような仕草をした悟は、そのままドカッとソファーに座り直した。その視線は目の前のテレビ画面に注がれており、私が何か言ったところで一瞬でもこちらに向けられることはない。……機嫌損ねちゃったかなぁ。私もその視線を辿って正面を向けば、なるほど、テレビ画面に流れる映像は知らぬ間に私が観ていたはずの映画ではなくなっていた。

「……さっきの映画、最後どうなったの?」
「ヒロインが死んだよ」
「えっ何で!?」
「嘘だよバーカ」
「……ヒドい……」
「最後の三十分、丸々寝てた名前のがヒドいんじゃないの?」

ヤレヤレといった様子で手を広げた悟に、私はぐうの音も出ずただ身を縮めることしかできない。今日は彼の数週間ぶりの休日で、しかし恋人である私の仕事が都合よく無くなるわけでもなく(悟は伊地知くんにかなり圧を掛けていたらしいが、万年人不足のこの職場で突然のスケジュール変更を迫るのは酷な話である)、結局夜に私の家で映画鑑賞でもしようという運びになったのだが……存外仕事に手間取ってしまい、予定の帰宅時間は過ぎるわ、家に着く頃には疲れ切って映画を観るどころじゃないわで散々な有様だった。
あらかじめ悟が用意していた映画の一本目は恋愛モノだったが、二本目はB級SFモノだったようで、その作中のトンデモ設定に開始三十分を見逃した私は完全に置いていかれていた。……ああ、ただでさえ眠いのに、こんな意味の分からない映画を観せられたら余計眠くなるじゃないか……。思い出したように重くなる瞼が憎たらしい。いくら自分の頬をつねっても太腿をつねっても襲い掛かってくる睡魔を、今日散々蹴散らしてきた呪霊のように祓うなんてことはできず、私は無力にも屈してしまうのだった。



またうつらうつらと頭を揺らしている彼女を、五条は咎めることもなくただぼんやりとテレビ画面を見つめていた。この二本目のSF映画、設定は凝っているのだがあまりにもややこしい。映画を選んだ五条自身も、もう十分程前から内容が全く頭に入っていなかった。
ふー、と息を吐きながらソファーに背を預ける。それからゆらゆら危なっかしい彼女の肩を抱き寄せて、まだこのまま寝せておいてやろうか、それともいい加減ベットに連れていくべきかをしばし考えた。……まぁ正直、何度も注意はしたものの、彼女がベットで寝入ってしまえば自分もつまらないのでハナから本気でなど言っていなかったのだが。

「……さとる」
「ん?起きた?」
「悟、なんかいい匂いがする」
「ええ?……そんなこと言ったら、オマエの方がいい匂いするけど」

突然彼女の口から出た言葉に、目をぱちぱちと瞬かせる。なんとなく、片腕にすっぽり収まった彼女の頭に顔を寄せればシャンプーなのか彼女自身の香りなのか、嗅ぎなれた甘い匂いが鼻を掠めた。……うーん、さすがに仕事で疲れて寝てるとこを襲いはしないけど。据え膳だなぁコレ……。
悶々とする気持ちを払うように、いつの間にか終盤に差し掛かっていた映画に意識を向けようとする。が、ふいに彼女がふっと鼻にかかる声で笑ったので、その努力はいとも簡単に水の泡となった。

「何笑ってんのさ」
「いい匂い、とは違うな」
「……クサいとか言ったら怒るよ」
「安心する」
「は?」
「悟の匂いは、安心するの。すごく」

そう言って、またすうすうと眠り始めた名前を横目に五条は固まった。その頬は赤い。……自分の前だからこんな無防備な姿を見せているのかと思うと嬉しいが、正直今はコイツをどうにもできないのがしんどい。もはやいつになるかは分からないが、次の休みは覚悟しておいてほしい。朝まで絶対寝かせてやらない。
あーあ、肝心のラストシーン見逃しちゃったじゃん。何してくれんのさ名前。自分に凭れる頭を撫でながら、彼女を咎める声は自分でも笑ってしまうくらい穏やかだった。

×