家に着いて一番にエアコンの電源を入れた。それから着替えを持って浴室へ向かい、シャワーを浴びた足で寝室に入ると、ひんやり涼しい空気にようやく体の力が抜ける。そのままベッドに倒れ込むように寝そべれば、冷たいシーツが素肌に触れて気持ちがいい。
意識を手放しかけたところで、寝室のドアの開く音がした。ギシリとスプリングが軋む音に薄目を開ければ、ベッドの端に腰掛けた彼の背中が目に入る。涼しいな。ぽつりと独りごちた七海の姿がなんだか面白くて、堪えきれずにくっくっと笑ったら二つの瞳がこちらを向いた。

「……起きてたんですか」
「一瞬落ちたけど、起きた」
「アイス買ってきましたよ」
「うわっ、七海さいこう、男前」
「あと少し連絡が遅かったら手ぶらでしたけど」

私がリビングのテーブルに置きっぱなしにしているスマホの画面には、十数分前に彼へ送信したメッセージが表示されているはずだ。アイス食べたい、とあまり期待せずに送った文章は、どうやら彼がコンビニを通過する前に届いたらしい。ここへ着くまでに少し溶けたでしょうから、しばらく冷やしておいた方がいいかもしれません。そう続けた七海の顔を見上げながら、彼は自分に何のアイスを買ったのだろうと考える。溶けたのを気にするということは、前に何度か買ってきたチョコレートでコーティングされている棒アイスだろうか。今の言い方だと、考えるのが面倒で私の分も同じアイスを買ってきたのかもしれない。
ふいに、七海の指先がベットに投げ出されていた私の腕をなぞった。そういう気分なんだろうか、とまだ半分眠っている頭で思ったけれど、二の腕の内側の柔らかな皮膚を伝う指先は子供が地図をなぞるように拙くて、ずいぶんと色気のない触り方だった。「こんなところにホクロがあるんですね」そう呟いた七海の声に、私は少しだけ頭をもたげてその指の先を見る。つ、と彼が爪先を埋めた部分には、星座のようにホクロが二つ、点々と並んでいた。

「へぇ。本当だ」
「……自分の体でしょう」
「だって、前は無かった気がする。ホクロって歳取ると増えるらしいよ」
「……」
「何よ」
「アナタも歳取りましたよね」
「……これは怒るべき?」

嫌味でも皮肉でもなく、しみじみとそんなことを言われてしまうと何とも言えない気持ちになる。そんなこと言ったら七海だってそうじゃないか。第一歳は同じなのだし、それに私、前に七海が虎杖くんたちから「ナナミンってその歳に見えないよね」と言われてちょっと気にしてたこと知ってるんだからね。
そんな売り言葉に買い言葉のような、幼稚な反論が出かけたところでまた彼の指先が動いたものだから、私は口をつぐんだ。すーっと肩をのぼって鎖骨を伝い、首筋をなぞるその手つきは先程と打って変わって艶かしい。明らかに意図をもって動くそれに、背中が粟立つのを感じながら、耐えきれず私はちいさく身じろきした。

「う、な、なに……」
「いえ別に。……ただ」
「ただ?」
「こんなに長く居て、知らないところがまだあるというのは良いですね」

え、とその言葉の意味を聞き返すよりも先に視界が暗くなって、湿った唇の感触にキスをされたのだと分かる。鼻先を掠める汗と少しの香水の匂いも、肩を掴む手のひらの熱さも、もう何度も彼と同じ夏を越した私は知っているはずなのに、そのたびに胸の奥をぐっと引かれるようなこの感覚はいつまで経っても慣れない。心臓をドンと強く叩かれるような、喉元が熱く焼けつくような、そんな、どうしようもない感覚。
体を離そうとした七海の首に腕を回して、もう一度キスをした。きっとシャワーを浴びようと立ち上がりかけたに違いない彼が、めずらしく目の前の欲との間で揺れるのを見て、まだ知らない表情を知るのはたしかに気分が良いなとほくそ笑みながらまた唇を寄せた。

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