仕事を終えた日の夜は、必ず夢を見る。酷い夢だ。祓ったはずの呪霊が、私の大切な人たちをぐちゃぐちゃに壊す夢。確かに祓ったはずなのに、なんで、なんで、私のせいで。いつだって、見渡すかぎり皆呪い殺されたところで夢は終わる。一人残らず鏖殺されるまで夢は終わらない。そんな、 「…大丈夫ですか」 瞼を開けると、暗闇のなかで私を気遣う声が聞こえた。徐々に目が慣れてくれば、こちらを覗き込む七海の顔がぼんやりと見える。水を持ってきます、と言って離れようとした彼の寝巻きの裾を、私はまだ震えの止まらない指で必死に掴んだ。 「い、いかないで」 「すぐ戻りますから」 「やだ」 「……分かりましたよ」 渋々ベットに戻る七海の姿を確認して、ほっと息を吐く。…まだ脳裏にこびり付いている生々しい夢の中には、決まって彼も登場するのだ。この人が何度血溜まりの中に倒れる姿を見たか、何度身体のあらゆる部位が弾けて粉々になる場面を見たか。何度、私の目の前で、何度も…… おもむろに、七海の手が伸びて私の前髪を払った。それからペタリと額に手のひらが乗せられる。温かい手だ。そのまま節ばった指がするりと目の横を撫でていったとき、ああ私は泣いていたのかと初めて気が付いた。 「また、夢を見たんですか」 「…うん」 「酷くうなされていましたよ」 「ごめんね」 「アナタが謝る必要はないでしょう」 「だって…毎日のようにうなされて、私、弱くて」 ごめんなさい。そう呟いた瞬間、また涙が頬を伝って枕を濡らした。七海は人差し指でそれを拭いながら、自分は心底無力だと思った。それに、彼女をここまで苦しめる呪霊はやはり心底憎らしくてしょうがなかったし、そんな憎らしいものを全て祓えずこうして大切な人を泣かせてばかりいる自分が、心底腹立たしかった。 七海に肩を抱き寄せられると、自分のものではない体温と心臓の音を感じて安心した。そのまま寝返りをうって彼の胸に顔を埋める。…ああ、これじゃ七海の寝巻きを濡らしちゃうなぁ。そう思って離れようとしたものの、背中に回った腕の力がぎゅっと強くなり、それは叶わなかった。 「…名前」 「ん?」 「やめたければ、やめてもいいんですよ」 「…うーん」 「この仕事、正直アナタには向いていません」 「……」 「でもまあ、優秀な準一級呪術師を失ってしまうのは、この業界にとって大きな痛手となるでしょうけど」 「さっきやめたければやめてもいいって言ったじゃん…」 「これはあくまで呪術業界を代表しての意見です。私個人の意見としては、」 さっさとやめて、大人しく職探しでも始めればいいと思ってますよ。 そんな、冷たく突き放すようなことを言いながら、七海の手は優しく私の頭を撫でるのだからずるいものだ。彼の腕の中があんまり温かくて、優しく撫でる手があんまり心地よくて、まだ話したいことはたくさんあるのに瞼が重くなっていく。…こうして七海が私を甘やかすたびに、私はあなたが大切になって、あなたを失うのが恐ろしくなって。強くなりたいと願ってしまうことを、あなたは知っているんだろうか。 名前が眠りに落ちたのを見て、おやすみなさいと呟く。どうかよい夢を。自分の腕のなかにすっぽりと収まってしまう彼女がどうにも愛しくて、大切で、できればずっと安全な場所に囲ってしまいたい気持ちもあるが……アナタはきっと、この世界に背を向けることはしないんでしょうね。 「せめて、私だけはアナタの夢の中でも立っていられるよう、強くなりますから」 というか、名前の祓う呪霊なんて精々二級か準一級程度でしょう。私が負けるわけがない。アナタの夢の中での戦闘力補正、どうなってるんですか。 そんなことを独りごちながら、七海は名前の髪に優しく口付けると、夜が更けていく部屋のなかで静かに瞼を閉じた。 ×
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