「やっぱり冬はコタツだねぇ」
「まあ…そうですね」
「あはは、昨年はいらないって言ってた人がこれだもんな〜」
「もうその話はいいでしょう」

コタツ布団の中で足の先を擦り合わせると、入ったばかりの時は冷たかった指先がすっかり温まっていた。テーブルの上には、食べ終わった後のお雑煮の器がそのまま放置されている。いつもだったら七海がさっさと片付けているところだが、彼もさすがに億劫なのか、目の前で黙々とみかんの皮を剥いていた。

「私にもみかんちょーだい」
「自分で剥きなさい。たくさんあるんですから」
「半分こするのがいいんじゃん」
「アナタ、単に剥くのが面倒なだけでしょう……どうぞ」

何だかんだ言いつつも、半分こちらに手渡してくれる七海は優しい。というか甘い。この前も、家に忘れた弁当を七海がわざわざ高専の職員室まで届けに来てくれたものだから、たまたま居合わせた五条さんが「七海ってば、つくづく名前に甘いよねー」と呆れた顔をしていたのを思い出した。
ありがとう、と言いながらそれを受け取り一房口に入れる。少し酸っぱい。ぱくぱくと私が全て食べ終えた頃、彼はちょうど二つ目のみかんを剥き終わったところだった。二房ずつ口に運んでいく七海の姿を、テーブルに顎をくっつけてじっと見つめる。

「…もっと食べたいなら自分で剥いてくださいね」
「違う違う。なんかさぁ」
「はい」
「私たち、おじいちゃんとおばあちゃんになってもずっとこうしていたいね」
「……そうですね。約束はできませんが」
「暗いなぁ七海は」
「できない約束をする方が失礼でしょう」
「誰に」
「名前に」
「…別に…それはお互いさまだしな〜…」

淡々と正論を並べてくる七海に、私は大きな声で言い返すなんてことはできなかった。それは私が教壇に立って毎日説いていることだし、何より、破られた約束の空しさを私たちはよく知っている。私だって呪術師だ。しかも七海より弱い。うっかり自分の実力を上回る呪霊と遭遇したらたぶん死ぬし、その確率は彼よりもずっと高い。
できない約束ができないのなら、私はちっともあなたと未来の話をできないじゃないか。そう言ってテーブルに突っ伏すると、ついさっき食べたみかんの香りがした。ほんの数分前には温かい気持ちで胸がいっぱいだったのに、どうして今はこんなにも悲しいんだろう。いくら気を紛らわせようとしても涙は溢れるし、どうしたって声は情けなく震えてしまった。

「私なんて、明日死ぬかもしれないのにさ。少しくらい夢見させてくれたっていいじゃん」
「別に、夢を見るなと言ったわけでは」
「もう知らない。七海のバカ」
「…そうやってすぐ拗ねるところ、誰かさんにそっくりですよ」

はあ、と深い溜息が聞こえて、その後すぐに七海が立ち上がる気配がした。遠ざかっていく彼の足音に心の奥が冷えていく。…どうして、こう、私は!子供じみたことをしてしまうのか!いつも甘やかされてばかりいて、たまに口を開けば八つ当たりしたり拗ねたり泣いたり…こんなの、今この瞬間別れを切り出されたって文句を言えないじゃないか。……あ……なんだかさらに落ち込んできたぞ………。
名前、と名前を呼ばれたのは、それから少ししてからだった。なに、と言う気力もなく無言で顔を上げると、目の前に差し出されたのは高級感のある皮のリングケース。と。
…これは?とようやく私の口から出た声は笑えるほど掠れていた。そんな蚊の鳴くような声に、七海がほっと安堵したような息を漏らしたことが、この目の前にある指輪の意味を教えてくれていた。

「…名前」
「はい」
「未来の約束はできませんが、今ここに誓うことはできます」
「…うん」
「私と、結婚してくれますか?」

七海がリングケースから取り出した指輪は、少ない装飾の中に一粒の石が輝いていて、彼らしく美しかった。私が「はい」と答えると、彼の手が私の左手をとって丁重に指輪を嵌めていく。薬指に輝く指輪は、どんな景色よりも夢みたいで、明日死んでも忘れないよう目に身体に記憶に焼き付けたいのに、いつまで経っても涙が溢れて止まらなかった。
本当はもっと、ちゃんとした場所で渡そうと思っていたのに。アナタが泣くから、焦って渡してしまいましたよ。そう言って、呆れたような笑みを浮かべる七海は、世界で一番私に甘い人なのだ。

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