「……化粧を落とすとそんな顔をしているんですね」
「は?それは侮辱と受け取りますが」
「いえ、そういう意味ではなく」

寝室に戻ると、ベットに腰掛けていた七海がまじまじと私の顔を見てそう呟くので、思わず嫌な顔をしてしまった。風呂上がりの女になんてことを言うんだこいつは……すっぴんなんて可能な限り見せたくないに決まってるでしょ、十代のピチピチ女子高生じゃあるまいし。たとえそういう意味ではなくともまじまじと見るんじゃない。分かれ。
私の心中を察したのか、七海はこちらから視線を外して天井を仰ぐと「アナタ、他人の前に出るときは必ず化粧してるじゃないですか」と続ける。そんな(こっちを見るなと念じたのは私だが)天井に向かって話す彼の姿がなんだかとても間抜けで、私はすっかり毒気を抜かれてしまった気分で「まあそうね」と頷いた。

「化粧は淑女の嗜みだもん」
「なら、名字さんの素顔を見たことがあるのは私だけということになりますね」
「んーまあ…………いや、五条さんには……見られたことあるな……」
「は?」
「非番の日に緊急招集されてさ。ほらあの人、ワープできるでしょ?あれで突然家に来て……って顔怖い怖い怖い」

五条さんの名前を出したとたん、みるみるうちに鬼のような形相になった七海に思わずヒッと悲鳴が漏れる。だ、だってあれはどー考えても不可抗力でしょ!!休日の午前四時、まだ安らかに眠っていたところを叩き起こされて「オハヨ!とりま十分後に高専集合ね」とだけ言われてポツンと取り残された私の気持ちを考えてほしい。いや私の家から高専まで片道十五分なんですけど……と言った時にはすでに目の前から消えていた五条悟という人。次会ったら殺してやると思いました。
私があの時のことを語りながら嫌な気持ちになっていると、般若顔で天井を睨みつけていたはずの七海はいつの間にかこちらを向いて呆れた顔をしていた。それと余談だが、彼は今上裸にワイシャツを一枚羽織っただけの格好で、私は彼の家のシャワーを借りたところで……つまりはそういうことなのだった。

「そもそも、この状況でヤキモチなんて焼くだけ損じゃない?」
「まあ……いえ、私はヤキモチなんて焼いてませんよ」
「あはは。七海もかわいいとこあるんだねぇ」

心なしか早口で否定した七海が面白くて、かわいらしくて、笑ってしまう。首にかけていたタオルで髪を拭いていると、ふいに七海がベットから立ち上がってこちらに向かってきた。そのまま私の前に立ち、頭にあったタオルを取り上げてわしゃわしゃと力強く拭きはじめる。
シャンプーの匂いなのか柔軟剤の匂いなのか、はたまた目の前の男の匂いなのか。いつも七海に抱きしめられるとする匂いがぐっと強くなって、なんだか変な気分になる。ちょうど目線の高さにある七海の乳首を眺めながらぽつりと呟けば、一呼吸置いて、ハア……と深い深いため息が頭上から降ってきた。

「私の頭をぐちゃぐちゃにしながら、そんな辛気臭いため息つかないでよ」
「いや、かわいいなと思って……」
「え?聞こえない!」
「ドライヤーが洗面所にありますよ」
「あれ、そうだったんだ。借りるね」

するりと七海の手から逃れて洗面所に向かおうとすれば、急に肩を強く掴まれて驚いた。どうしたの、と振り返れば色素の薄い瞳が見えて、ちゅっと軽く音を立てるだけのキスをされる。そのまま目と鼻の先にある顔がふっとやさしく緩んだから、私は彼のその珍しい表情にただただ顔を赤くしてしまった。

「アナタは、化粧を落とすと普段よりも幼く見えますね」
「……ああそうデスカ」
「こうやって、照れているのも珍しい」
「……どっちが……」
「はい?」
「髪乾かしてきます!」
「ああ、いってらっしゃい」

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