その日、鹿丸は体調というか、精神的に参っていたが、なんとか店が終わって、久々に実家に足を向けた。


父の鹿狗は、医者だ。腕がたつので、どこからでも患者がくる。法に触れない程度に際どい手術もするので、いいも悪いも噂が絶えない。

思えば、鹿丸がホストを始めたのも、鹿狗が患者の保証人になって、借金を背負ったためだった。

(…親父は反対してたよな、
金と引き換えに失うものが多すぎる、とか言って。
確かにこの世界では知られるようになった。
けどほんと、失うものが大きいぜ、親父。)


玄関の戸をカラカラと開ける。

「…ただいま。」

「…おぅ、しばらくだな。」鹿狗は洗面器の使用済みの脱脂綿やピンセットを片付けていた。


鹿丸の疲れた横顔を、だるそうな体を、鹿狗はじっと見、とりあえず話を聞いてやるか、と居間に通した。

鹿丸も買ってきた缶コーヒーを2本、鹿狗と自分の前に置いた。
「…親父…聞いていいか?」

「…ん?」

「…親父が昔持っていた、その、誰かからもらった指環あったろう?」

「…ああ。」

「あの指環、見せてもらえねえか?」

いいぜ、と鹿狗は携帯を持ってきた。ストラップが死ぬほど付いている。

(…趣味疑うぜ、親父…)

鹿丸の隠れツッコミをよそに、鹿狗は一つの指環がついた、ストラップを選び出した。



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