黙るしかなかった。
心臓が尋常でない心音をたてている。
膝が震えているのが分かった。
飛段が怖い。
怖いが、それに屈するのは嫌だ。
目の端で睨むのが、鹿丸の精一杯の抵抗だった。
(…震えてやがる…)
飛段は自分が少しやり過ぎたことに気づいた。
(…俺もまた、般ピー相手に何やらかしてんだ…)
めんどくさそうに左手の力を抜き、突き飛ばすと、鹿丸がどう、と床に崩れた。
「…ッ…」
沈黙がその場を支配していた。
鹿丸は、昨日までの自分たちにはなかった溝が、二人の間に横たわっているのを感じていた。
飛段は「…すまねえ…」と窓の外を見て言ったが、全く悪びれる気配はなかった。
鹿丸は飛段を見なかった。ただ、いいんだ、という風に手を振り、立ち上がった。何も言わず、襟を正し、冷静になろうと努めた。
その様子に、さすがの飛段も悪いと思ったのだろう、鹿丸に話しかけようとした。
「…鹿、」
「…もう、関わらねえから。…」鹿丸は飛段を遮った。
「…体、大事にな。」
部屋を出ていく前に一度、鹿丸は飛段を振り返った。
飛段も無言で鹿丸を見たが、何も言わなかった。
鹿丸は廊下から眩しい光の差す外を目指し、歩いた。
ーー俺は…俺は何しに来たんだろう。
もう、店で一緒に働くこともないのかもしれない。
飛段は、多分、脅迫に応じる。
そして、行くだろう。あの地図の場所に。
きっと、命懸けで。
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