過去外伝9 完

(……お前、SPになったんだな。)

鹿丸は少しだけ笑顔になって飛段を見た。
この人の波が永遠に動かないで欲しい。相手は、真っ先に保護されるべき博士を護っている。そんな願いなど、届かないのは分かっていた。

インカムなのか、飛段が耳に手を宛てて、他のSPとコンタクトを取る様子は、手慣れたものだった。それは、この仕事に就いたのが昨日今日ではないことを充分表していた。
あの男も一緒なのかもしれない。あいつのほうが堅実だしな、なんとなく、と鹿丸は思った。

(でも、盾となって命を懸ける仕事を、お前が選んだ今を、誇りに思うよ、飛段。)


飛段は、博士を気遣いながら、連絡が取れたことを伝え、鹿丸をチラと見、指で眼鏡をかける仕草をして、ニヤッと笑った。

鹿丸は眼鏡をかけるようになっていたのだ。

人の波が少し動いた。道が出来て、博士と飛段は警備員に誘導された。

鹿丸は飛段の後ろ姿に叫んだ。

「俺、医者になるから!」

博士が、自分に言われたと思ったのか、車イスから手を振った。

飛段は鹿丸を一度振り返った。瞳がキラッと光る。

「いつか診てやる!怪我したら来い!」

博士は随分荒っぽい若者だな、と頭を振った。


飛段は手を挙げて応え、その後ろ姿は人波にかき消された。


また胸が痛むかと思ったが、不思議とそれはなかった。


(また、忘れられなくなっちまったじゃねーか…。

どーしてくれんだよ。

なんとしても医者にならなきゃならなくなっちまったよ、飛段……!)

自然と顔がほころぶ。

鹿丸は、もみくちゃにされながら、いつまでも飛段の消えた通路の先を見つめていた。




( 完 )



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