過去外伝8
胸にズキンと鈍痛が走る。
遠すぎて顔は分からないけれど、鹿丸はあれから銀髪のスーツに敏感になってしまった自分に苦笑するしかなかった。
2年も経っているのに、と自分でも情けない。
大型のビジョンには、博士と、一瞬SPのスーツの胸元が映ったが、すぐに背後に下がってしまった。
(目的を忘れるな……)
鹿丸は自分に言い聞かせた。
博士の講演は研究の成果を熱を持って語られるものだったが、
講演が後半に差し掛かった時、非常ベルのサイレンが鳴り出した。
続いて、1階席に数個ある会場入口ドアの一つから火の手が上がった。火事か、故意の事故か、まったく分からない。
辺りが騒然とする中、ビジョンには、博士と、博士の耳元で何かを告げ、安全を確保しようとするSPの口許が映っていたが、館内放送はすでに、非常口から脱出するようにと、叫んでいる。
鹿狗と鹿丸は立ち上がった。2人は、2階の非常口から非常階段を急いで降り始めた。
2階からの脱出のほうが早かったらしい。
どうやら火事か、1階出入り口からからロビーまでは火の海だった。
唯一、退路として警備員が必死で誘導している、会場の外に出る通路を走り出した時、関係者立ち入り禁止の札がある通路から飛び出してきた、車イスと、それを押すSPらしき男に出くわした。
飛段だった。
「………飛段!…」鹿丸は思わず叫んだ。
前を走っていた鹿狗は息子の声に振り向いたが、避難する人波に押され、離れてしまった。
飛段は一瞬、ギクッとして――飛段の昔の知り合いなど、ロクな奴が居なかったことが主な原因だが――最初は誰か分からないような感じだった。が、
(………鹿丸…?)
と、口だけが動いたのが見えた。業務中は私語、私事は慎まねばならない。
避難する人々の流れに従うしかなく、二人の時は一瞬止まった。
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