それは、名前と大谷が庭で談笑しているときだった。
二人の前には、怒号と共に家康ゥゥ!!と叫びながら刀を振るう三成がいる。

「して、我には名前が三成の傍におるのが不思議でたまらぬ」

脈絡もなく吐かれた言葉に、名前は眼を瞬かせて三成から大谷に視線を移した。
大谷はそう言ったものの、問いかけた名前ではなく、三成を見続けている。

「どうしてそう思うのです?私は三成様の妻ですよ」

首を傾げながら今度は名前から問うと、大谷は眼球だけを動かし、ようやく名前を見遣った。

「あれは女の扱いが下手であろう。そなたに進物すらまともにしたことのない、まことの奥手よ。それに重なり、毎日あの始末」

大谷が視線を戻した先には、得意の瞬速で刀を振るい続けている三成がいた。
相変わらず怒号が乱れ飛び、その目は家康への復讐に燃えている。

大谷の言う進物というのは、贈り物のことだろう。
確かに名前が三成の妻になって暫く経つが、三成に特別何かをしてもらったということはない。

「それが三成様ですもの」

だが名前はそれを見ながら笑った。
その反応に、大谷は面白くなさそうに言う。

「毎日恨み辛みを吐いておる男など嫌であろう。我が女なら耐えられん」

「あら、刑部もそのようなことを考えるのですね」

名前は思ったままのことを言ったまでなのだが、大谷にじろりと睨まれてしまった。

「…何が言いたい」

「いえ、何も」

恋愛事などとは無縁と言っても過言ではない大谷の口から珍しいことが聞けて、名前はすまして笑った。
大谷もそんなことを考えるのか。

今日は珍しいことが聞けた、と名前は頭の片隅で思う。

「三成様は…よくも悪くも、一途なだけなのです」

「ほう、あの行動も一途故だと申すか」

その一言で片付けるのは少々間違っている気がするが、三成には猪突猛進の節がある。
はっきり言って、部下や、とくに自分のことなど考えていない。
的外れというわけでもないかと大谷はその話を聞き流すことにした。

「ええ。それに…」

一旦言葉を切った名前に、大谷はちらりと名前に視線をやる。

決して急かさないところが、彼の優しさだと名前は知っていた。
沈黙からそれを汲み取り、名前は続ける。

「それに、よいのです。たとえ家同士が決めた結婚でも、三成様は側室を娶りにならない。…その事実だけでよいのです」

三成を思い、目を伏せる名前は、妙に朗らかな顔をしていた。

そう、それだけでいい。
戦や政治的利益にならない自分を無条件で受け入れてくれた、そんな三成を名前はとても愛おしいと思ったのだから。

「それに、先日三成様に言われました。お前は私を裏切るな、と」

いつの間にか、名前の顔は真剣なものになっている。
ゆっくりと、名前は大谷に向き直った。

「主人の命令は絶対です」

普段は何事にものほほんと接する名前から、笑みが消えている。
その顔はまさに、戦国の世の武将の妻のものだった。

「…そなたも変わり者よの」

「ありがとう」

嫌みのつもりで言った言葉に、名前は笑顔で返した。

「名前!!何をしている!!」

そのとき、二人の間に別の声が割って入った。
三成だ。
いつの間にか刀を鞘に収め、庭の向こうから名前を呼んでいる。

「部屋に戻る!行くぞ!!」

「はい、三成様。少々お待ちを!」

急の呼び出しに嫌な顔ひとつせず、名前は大谷に会釈をして三成の元へ駆けた。
着物のため女性特有の小走りになり、三成との距離を縮めて行く。

三成は名前が来るまで顔を背け彼方を見ていたが、名前が三成の元まで来ると名前をちらりと見遣り、さっさと歩きだした。
それに遅れて、2歩ほど後ろを名前はついて行く。

まさに大和撫子だ。

先程のように他を圧倒する雰囲気を醸し出したかと思えば、次は打って変わってたおやかにふるまう。
三成には過ぎた女よ、と二人を見て大谷は思った。





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