タイムトリップ、というのだろうか。
現代から戦国時代に飛ばされたとき、それはもう混乱したものだった。
でも運よく私を見つけて拾ってくれた幸村と、なぜか二人で慌てふためいていたのを覚えている。

そして、初めに襲ってきた恐怖は闇だった。
現代と違い蛍光灯も、電光掲示板もない戦国時代。
眠れない夜の暇潰しアイテムのスマホも電源が切れて意味をなさず。
知らぬ世界に飛ばされたという恐怖をさらに実感し、夜の暗闇に心を苛まれた。

そしてどういうわけか、幸村に犬並みにそれを察知され、破廉恥いいぃいい!!と叫ばれながらも一緒に寝た。
翌朝それを佐助に発見されたときは、お赤飯炊こうかとお館様と相談してたっけ。



「今思えば、恵まれてたよなぁ…」

「どうなされた?名前殿」

ここに来たときのことを思い出し、私は隣に座っている幸村を見た。
幸村と私の間には、それぞれの分の食べかけのお団子とお茶がある。
幸村の稽古のあと、縁側で二人でお茶をしていたのだ。
急に話を振ったものだから、幸村はきょとんとしている。

「あのさ、私と初めて会った日のこと、覚えてる?」

そう言うが早いが、幸村は顔を明るくした。

「覚えておりますぞ!名前殿が慣れぬ山道に足を取られ、泥まみれになっていた日でござるな!!」

「バカ!!変なこと覚えてなくていいの!!」

「す、すまぬ…!!」

そう叱りつけると、幸村は背中を少し丸めた。
素直なのはいいことだと思うが、こうすぐしおれて大丈夫なのだろうか。
こういうとき、幸村は年相応…もしくはそれ以下なのだと実感する。

「はぁ、まったくもう…」

しかもどうしてこう、抜けてるんだろう。
たとえ事実だったとしても、女の子が泥まみれになっていたことなど思い出したくないに決まってるじゃない。

些細なことですぐ破廉恥と叫ぶくせに、こういうことをさらっと言う方がよっぽど恥ずかしいことなんじゃないだろうか。
ため息をつく私に気付いているのかいないのか、立ち直った幸村は再び口を開く。

「その日がどうかしたのでござるか?」

何の話をしてたんだっけ…と数秒考えてから、あぁと内容を思い出した。

「私ってついてるなって思って。だってさ、右も左もわからないようなところで幸村に会って、武田のお屋敷まで連れてきてもらって、衣食住のお世話までしてもらってるんだよ?」

「困っている者を見つけたら、助けるのが道理であろう?お館様も常々そう言っておられる!!」

至極同然、と胸を張る幸村に、私はふっと笑った。

「だからさ、それがもうついてるんだって。もし明智光秀に会ってたらと思うと…ゾッとする」

ヒッヒッヒッと笑う明智光秀を思い出し、思わず身震いする。
幸村も同じことを思い出していたようで、我に返ると必死で叫んだ。

「そ、それはいけませぬ!!だ、断じて!!」

「でしょ?絶対半殺しにされて、織田信長の前に突き出されるに決まってる」

「名前殿を、はっ半殺しとはっ!!明智め…!!」

織田信長を目にしたことはないが、幸村から話は聞いている。
その行いはまさしく魔王。
凡人の私にはとうてい耐えられない覇気を放つ男なのだろう。

そして幸村はまだ明智相手に炎をたぎらせていた。
幸村のその様子を見て、くすりと笑う。

「ね?ここでよかったでしょ?」

「そうでござるな!!だが、奥州も安全ではあると思うが…」

「政宗のとこ?…政宗は…別の意味で身の危険が…」

貞操とか、貞操とか、貞操とか…って、貞操しか言ってないけど。

「ん?何のことでござるか?」

そんな私の内心なんか露知らず、幸村は無垢な瞳を向けてくる。

「幸村にはまだ早いから、気にしないで」

「そ、そうでござるか」

この無垢な瞳を汚したくない。
真摯にそう言うと、幸村はどう目しつつもわかってくれた。
幸村はいい子だと思う。

「それでよろしい。…私の団子、食べる?」

「い、頂いていいのか!?」

「うん。たんとお食べ」

「ありがたき幸せ!!」

そう言って、私のお団子をもしゃもしゃと食べる幸村。
あぁ、幸村って可愛いなぁ…。
同い年の男の子に可愛いってどうかと思うけど。



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