沖矢さんが指定したのは、ポアロという喫茶店だった。
どこかで聞いたことがあると思ったら、毛利探偵事務所の下の店だ。

約束の10分前に店に入ると、奥のテーブル席に沖矢さんを見つけた。
優雅に足を組み、考え込むように本を読んでいる。
その姿がなんとも様になっていて、見惚れそうになった。

沖矢さんも私に気付くと、呼んでいた本を閉じで軽く会釈をした。
私も会釈を返し、テーブル席へ近づく。

「私の方が先だと思ったのに」

「僕がお誘いしたんです。お待たせするわけにはいきませんから」

沖矢さんは知的でイケメンに加え、紳士だったらしい。
沖矢さんの完璧な振る舞いに感心する。

沖矢さんに促されて向かい側に座ると、女性の店員さんが注文を取りに来てくれた。
手渡されたメニュー表のドリンクの欄をざっとみて、注文を決める。
私はアイスティーを、沖矢さんはコーヒーを頼んだ。

注文を取り終えると店員さんは挨拶をしてテーブルを後にした。
しかし去り際に沖矢さんと私を見て、にやにやと顔を緩める。
沖矢さんは素知らぬ顔をしていたが、気になったので店員さんが厨房へ入ったのを見届けて、沖矢さんに切り出した。

「沖矢さん、さっきの人と知り合い?」

「ええまあ…顔見知り程度ですが」

「意味ありげな顔で微笑まれたんだけど…何で?」

「それは僕が珍しく女性と一緒にいるからでしょう。おそらくあなたのことを僕の恋人だと思っているはずです」

「こ、恋人!?」

沖矢さんの口から出た言葉に、過剰に反応してしまう。
とっさに厨房を見ると、温かい眼差しでこちらを見る店員さんと目が合った。

あの様子では絶対恋人同士のデートだと思われている。
手を振って必死に否定したが、「照れなくてもいいから」的なリアクションをされる。
いきなり誤解を招かれてしまったことに、私は頭を抱えた。

「それより七井さん」

「それより…?」

沖矢さんのためにも誤解を解こうとしたのに、“それより”と言われてしまった。
沖矢さんは私と付き合っているとあの店員さんに思われて、なんとも思わないのだろうか。
沖矢さんの真意がわからない。

とりあえず落ち着こうと、お冷を口にする。
しかし次の瞬間、それを後悔した。

「僕のことは名前で呼んでくださいとお願いしたはずですが…また“沖矢さん”に戻ってますよ」

思わずお冷を吹き出しそうになった。
間一髪でこらえ、代わりに激しく咳き込む。

「えっと…それはその…」

「…何ですか?」

「き、気恥ずかしくて…?」

沖矢さんにまっすぐ見つめられ、タジタジになりながらそう返す。
そんな理由では許さないと、その眼が言っているようだった。

だって、ここ何年も名前で呼ぶような男性がいなかったんだから!
と内心言い訳する。
沖矢さんにもそう言ってやりたかったが、そこまでプライドを捨てられなかった。

「努力します…昴さん」

「ありがとうございます」

観念して名前で呼ぶと、昴さんは満足そうに微笑んだ。
昴さんって…いやこれ以上言うまい。


そのあと、思った以上に昴さんとの会話は弾んだ。
時間にして、ケーキを追加で頼んで飲み物もおかわりしてしまうほど。
話が弾んで楽しくて、また今度会う約束までしてしまったくらいだ。
その事実に帰宅してから気付き、ちょっと怖くなった。



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