『今あなたの家の近くにいます。入れてくれますか?』


その連絡が来たのは、深夜遅くのことだった。
普段の安室さんなら、絶対連絡を寄こさない時間だ。

しかも、もう家の近くにいるという。
ただごとではない雰囲気を感じ取り、パジャマの上からカーディガンだけを羽織って、外へ出た。

マンションの通路から階下へ顔を出すと、マンションの脇に停められた白いRX-7が見える。
そして車の傍らには、安室さんがいた。
ばつが悪そうな顔で、私に向かって右手を上げる。

安室さんに声をかけようとして、今が深夜だということを思い出した。
身振り手振りで“上がってください”と伝えると、安室さんも“今から行く”と手振りで返してくれた。

階段を上がる靴の音が聞こえ、数秒後安室さんが姿を現す。
玄関前で待っていた私に、「中で待ってくれてよかったのに」と言った。

「大丈夫ですよ、これくらい」

「さあ、入ろう。まだ夜は冷えるからね」

そう促され、私と安室さんは家の中に入った。
そしてすぐに、安室さんの異変に気付く。
外の外套程度の明るさではわからなかったが、室内の明かりではそれはとても目立っていた。

「安室さん、それ…」

「ああ、これかい?大丈夫、たいしたことないよ」

そう指摘すると、安室さんは気まずそうに言った。

安室さんの身体には、すり傷のような跡がそこらじゅうにあった。
よく見ると、頭の目立たない部分に、絆創膏も貼ってある。

「本当に?すごく痛そうですよ…?」

こめかみの怪我にそっと触れると、安室さんにその手を取られた。
そして優しい目と視線がぶつかる。

「本当はこんな姿見せたくなかったんですが…。どうしても、千佳さんに会いたくなって…」

そしてふいに、安室さんの表情が曇った。
安室さんは私の手を握ったまま、まっすぐに私を見ている。

その表情で、彼の1日が壮絶なものであったことが感じられた。
私の知らないところで、重大な何かがあったのだ。

思い当たる節が、ないわけではない。
今夜のニュースはそればかりだったのだから。

何があったのか、本当は聞きたい。
だが安室さんの口ぶりからは、何があったか話す気がないように見える。

だったら無理やり聞く必要もない、そう思った。
弱った姿を私にさらしてでもいいと思ってくれている、その言葉が聞けただけで大満足だ。

「気にしないでください。安室さんならいつでも大歓迎です」

「こんな深夜に、満身創痍でも?」

「はい、どんとこいです」

そう笑いかけると、安室さんの表情も少し明るくなった。
そんな安室さんを見て、ほっと安心する。

「おかえりなさい、安室さん」

無事に帰ってきてくれて、ありがとう。
真っ先に私に会いに来てくれて、ありがとう。

そう心を込めて言う。

安室さんはいつもの優しい顔で笑うと、つないだままだった私の手を握りしめて言った。

「ただいま、千佳さん」

本音を言うと、あまり無茶はして欲しくない。
でも言っても聞かないんだろうな、とそんな予感がした。



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