ちょうど夕食の片付けが終わって一息ついたころだった。
録画していたドラマでも見ようとソファに座り、録画リストからどれを見ようか物色する。
そのとき窓の外からドンドンと大きな音が連続で聞こえてきた。
けっして不快な音ではなく、夏によく聞く馴染のある音だ。
その音に引き寄せられるようにカーテンを開けてガラス越しに窓の外を覗くと、闇色の空の一角で光るものを見つけた。
夜空に咲く光の花、花火だ。
もっとよく見ようとベランダに出て、手すりから身を乗り出して見る。
はす向かいのビルが邪魔で花火全体を見ることはできないが、ときおり高く上がる花火が遠目にもここから見ることができた。
「どこの花火大会だろう…?」
米花町である花火大会はまだ先のはずだ。
ということはどこか別の花火大会の花火だろう。
よく行く花火大会の日程は把握しているが、隣町の花火大会ともなれば日程もあやふやにしか覚えていない。
一人暮らしをしてしばらく経つが、はじめてこの部屋から花火が見えることを知った。
「危ないですよ、そんなに身を乗り出しては」
背後から声が聞こえた瞬間、大きな腕に引き寄せられた。
そのまま後ろに引き込まれ、その人物の腕の中に収められてしまう。
後ろから抱きしめられた人物を、腕の中から見上げた。
「安室さん」
「花火がきれいなのはわかりますが、夢中になるのもほどほどにね」
「はい、ごめんなさい」
どうやら花火に夢中になるあまり、手すりから身を乗り出しすぎていたようだ。
安室さんにたしなめられて初めて気付いた。
素直に謝ると、安室さんも笑って「わかってくれればいいんです」と返してくれた。
安室さんは夕食のあとすぐお風呂に入ったのだが、いつの間にか上がってきたらしい。
クセのない茶髪が濡れて湿っていて、男の人なのにセクシーさが倍増しになっていた。
どうしよう、かっこよすぎる。
「やはり花火でしたか。浴室の中でも音が聞こえて、もしやと思ったんですが…」
「花火の音ってけっこう響きますもんね。でもここからじゃ音は聞こえても、花火全体は見えないみたいです」
「それは残念ですね。でも…十分きれいです」
私が先ほどしていたように、安室さんも花火の方角を見上げて言った。
その視線を追って私も再び夜空を見上げる。
見切れてしまっていて残念だが、その美しさはそれでもよくわかるほどのものだった。
安室さんと一緒に夜空を見上げ、しばしそれを堪能する。
「米花町の花火大会は来月でしたよね?」
「そうですよ。出店とかもいっぱいあって、けっこう楽しめると思います」
「もちろん僕と一緒に行ってくれるんですよね?」
その言葉に顔を上げると、イジワルに笑う安室さんがいた。
答えはわかっているくせに。
「もちろんです。浴衣も準備してありますよ」
「浴衣ですか…。それは来月が待ち遠しいですね」
こうなることを見越して、浴衣はわざわざ米花百貨店に行って購入済みだ。
蘭ちゃんと園子ちゃんと一緒に行って、それぞれ似合う浴衣を選びあっている。
3人ともそれぞれの相手を驚かそうと気合は十分だ。
私も安室さんをあっと言わせたくて、2人から太鼓判を貰った浴衣を選んである。
「楽しみに待っててください。惚れ直させてあげますから!」
「そんなことしなくても、じゅうぶん惚れているんですがね…」
そのとき一段と大きな花火の音が辺りに響きわたった。
フィナーレが近いらしく、派手な花火が連続で上がる。
その音に一瞬、気をとられた。
「すみません、なんて言いました?」
「いいえ、何でもありませんよ」
特大花火の音に隠れて安室さんが何か言った気がしたのだが、気のせいだったらしい。
安室さんの言葉をすっかり信じて、私はまた花火を見上げる。
もし聞こえていたら身もだえしそうな言葉を言われていたとは知らずに、私は大輪の花火に夢中になっていた。
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