私の授業では、小テストで満点を取ると小さなご褒美が与えられることになっている。

まぁたいていは「先生の机に入っている飴ちゃんください」とか「次問題当てられたとき1回パス権」とか本当にささやかなものなんだけど。

今月の小テストで満点を取ったのは、何と彼だった。

「ご褒美、何にしてもらいましょうか」

またまた準備室。

またまた彼は私の横で偉そうに座っていた。

何てことだ。

最近満点を取る生徒が多かったから、難易度を上げた矢先の小テストだったのに。

今まで満点を出したことのない彼に満点を取られてしまった。

財前くんってこんなに数学得意だったっけ?

「俺が満点取ったのが意外なんやろ?」

「ぎくっ」

今まさに考えていたことを当てられて、あからさまに反応してしまった。

「まぁ少しは歯ごたえのある問題でしたわ。問題難しくしはったんでしょ?」

「は、歯ごたえあるって…今まで満点なんか取ったことないやん!!」

それどころか、目に見えて高得点も取ったこともないはずだ。

「あぁそれっすか。あれ…わざとっすわ」

「わ、わざとぉ!?」

つまりは今までの小テストなおかつ定期試験で彼は手を抜いていた、ということになる。

本気じゃなかったのか。

小テストはともかく、定期試験で手を抜く!?

な、なんて度胸のある奴なの…!!

「何でもないときに満点取っても意味あらへんのですわ。満点取るなら…俺を意識させてからの方がええし…効果てき面」

やろ?と目を細めて尋ねられ、先日のことがフラッシュバックした。

うろたえて、赤面する。

「なっ…んなぁ!?」

あのときの唇の感触を、力強い腕を、酔った快感を鮮明に思い出してしまった。

逃げる隙も、拒むことも許してくれなかった。

ただ許されたことは、あまりの刺激にすくむことだけ。

それくらいあのキスは強烈だった。

中学生の子供だと侮っていた。

あれは完全に、私の油断だ。

「お望みなら、またやりますよ?」

「冗談、やめて」

「…冗談やあらへんのに」

あやしく笑う財前くんをキッと睨みつけると、今度は大袈裟に肩をすくめた。

「おお、コワ」

「さ、さっさとご褒美のリクエスト言うて帰って!!」

みっともなく大声を出して、苦し紛れに顔を逸らす。

大人げないし情けないと思ったけど、今の私にはそうするしかなかった。

固く握ったこぶしが膝の上で震えている。

こわい。

彼にこれ以上飲み込まれるのが。

財前くんはそんな私を見てため息をつき、ごそごそとポケットをあさりだした。

何か袋を破るような音が聞こえたあと、私の手にそっと触れた。

それにさえ、ビクンと反応する。

財前くんの苦笑いが胸に突き刺さった。

そんな顔をさせているのは、他ならない私なのに。

「これ」

「え?」

こぶしを優しくほどき、財前くんはそこに何かを置いた。

コロンと手のひらに転がったのは、指輪。

シルバーにスワロフスキーらしき小さな石がついた、ごくごく一般的なピンキーリングだった。

でも、なんか可愛い。

「これ、持っててください」

「ざ、財前くん…?」

財前くんの意図がわからない。

持っててってことは、付けててってこと?

「抗議は受け付けへんから」

「え、でも…これ…」

「それ、付けててください。それが俺へのご褒美やから」

「あっ、財前く…」

私の言葉を聞く前に、財前くんは準備室から出て行ってしまった。

残されたのは呆然とする私と、このネックレスだけ。


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