自分でも不思議なんや。
どないしたら、あんなドジでのろまな女好きになったかなんて。
でもああいう女やからこそ、惚れたのかもしれへん。
「財前くん、渡辺先生呼んでたで?」
教室で今後の練習メニューを考えていると、副顧問が声をかけてきた。
来栖美波とかいう、今年四天宝寺に来た若い教師。
まだ授業を受けたことはないが、しっかりした教え方をすると聞いたことがある。
そして若いせいもあってか生徒と仲が良く、廊下で話し込んでいる姿を何度か見かけたことがあった。
「あー…無視しててええです」
「え?ええの?」
多分このメニューのことやろうと、また机に向き直った。
先輩たちが部を引退し、ほとんどのことは前部長である白石部長から引き継いだが、いくつかは自分で考え直せと言われた。
多分、今年の色を出せという意味なんやろう。
はじめはこんなこと簡単やと舐めとった。
でも今までのメニューを見直せば見直すほど、隠された意図や気遣いが見えてくる。
ウチの弱点をカバーし、補強する。
しかし部員の負担にはならないように、必ずセーブするところはセーブする。
この部員を温かく見守るようなメニューは、白石部長そのものやった。
このまま引用してはいけない、そんな気がした。
でもだからと言って一から自分で考え直せるほど、俺は自分のスタイルと自分のやり方を知っているわけでもなく。
柄にもなく思い悩んでいた。
監督であるオサムちゃんにいい加減メニューを見てもらわなければいけないのだが、勿論こんな状態で出せるわけがない。
しょっぱなから情けない。
こんなんで、はたして俺は今年の四天宝寺を引っ張って行けるんやろうか。
そうペンを持つ手に力が入ったときやった。
手元に影が落ち、前の席の椅子が引かれる。
そこに座ったのは、来栖やった。
「なっ…」
「これ次のメニューやろ?あたしも高校のときテニス部やってん。なんか手伝えるかな?」
驚く俺をよそに、来栖は純粋な好意でそう言った。
そんな来栖に、普段やったら絶対こんなこと言わんのに、思わず口が動く。
「俺って、どう見えますか」
その質問に、来栖は一瞬きょとんとした。
当たり前や。メニューの相談を受けるのやろうと思っとったのに、突然こないなこと聞かれて。
それでも来栖は、うーんと悩んで、やがて語り出した。
「まぁ毒舌?でも財前くんはマイペースやって思う。あ、でもそのマイペースはな、千歳くんみたいなマイペースやないねん。財前くんは周りを見とる。見てるからこそ、人に厳しいことが言えるんやないかな」
聞いたのは俺やけど、なんかムカついた。
「先生、白石くんと渡邊先生が財前くんを次の部長に選んだの、よくわかるな」
「えっ…?」
「だって、財前くんの言っとることって本当のことやから。ちょっと刺がありすぎるけど、言われたら図星で何も反論できんようなるし」
呆けてる俺に、来栖はにっこりと笑った。
「白石くんもええ部長やったけど、白石くんのやり方にとらわれんで、財前くんらしくビシバシやってけばええんとちゃう?」
俺はさっき、この人に何を聞いたんやっけ。
何でこの人は俺が欲しかった言葉をくれるんや。
俺なんか、あんたのことなんてただの教師やとしか思ってなかったのに。
誰が周りを見とる、や。
周りを見とるのは先生の方やんけ。
俺に微笑むその顔を見る目に、思わず力が入る。
なんや、恥ずかしくなってきた。
いや、恥ずかしいんやない。
これは…
「…そんなん言われんでも知ってます」
「何をう!?人がせっかく…」
「ハイハイ、わかりました」
でも今は、悪態でもついておこう。
それを言うのは、もっと俺が一人前になってから。
来栖美波、か…
目が離せんくなりそうやな。
END
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