「先生が指輪してきてくれなかったら、先生のこときっぱり諦めようって、賭け」
「な、なに…それ…」
戸惑いを隠せない私に、財前くんは少し笑った。
「いくら小テストのご褒美や言うてもできんもんはできんし、嫌なもんは嫌やろ。他のご褒美…問題パス権とかとも比べ物にならへんくらい個人的なことやし。やからそのときは拒絶されとるんや、迷惑なんや思うて先生のこともう諦めようって」
指輪を親指の腹でゆっくりと、存在を確かめるように触りながら、財前くんはゆっくりと話す。
「先生は付けてきてくれへんと思っとった。先生から見たら俺なんかガキやろ?自信なんか全然なかってん。これで終わらそう、そう決めとった」
指輪に落ちていた視線が私の眼に移り、財前くんは私の瞳を覗き込んだ。
財前くんの真っ黒な瞳に、私が映っている。
私の瞳には、財前くんが映っているのだろうか。
「やから…先生が教室に来たときは驚いた。指輪つけとったから。諦めかけとったのに、めっちゃうれしくしくなった。……なぁ先生、俺に可能性はある?」
そう問われ、答えに詰まった。
彼の顔を直視できなくなって、視線を彷徨わす。
口からは、言葉にならない言葉だけが発せられた。
「先生、しっかり否定せんと、俺調子に乗りますよ」
握っていた手を、引かれた。
私はバランスを崩し、財前くんにしがみつく。
見上げれば、すぐそこには彼の顔があった。
吐息が触れるほど、距離は近い。
「先生は指輪をつけた。自分の意志で」
痛いほど見つめられ、目が反らせない。
捕まれた手が熱い。
「俺、もう遠慮せんから」
心臓がうるさい。
「マジで行かせてもらいますわ」
その言葉は、なぜか涙腺にグッときた。
もう、引き返せない。
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