「ちょお、何無視しとるんですか。…もしもーし、聞いとります?」
授業を終えてスタスタと足早に職員室を目指す私に、財前くんが声をかけ続けながらピタリとくっついてくる。
人っ子一人いない廊下に、財前くんの声と私たちの足音が木霊していた。
誰も廊下にいないのは、一刻も早く財前くんのあの顔を振り払いたくて、さっさと授業を終わらせてしまったからだ。
なのに当の本人は何事もなかったように私の後を追ってきたのだ。
「ちょ…マジ、何なんスか」
苛立った声と同時に腕を掴まれ、足を止められた。
そのまま財前くんの方を向かされる。
見上げると、眉根を寄せる財前くんがいた。
躊躇いなく私を見つめる眼は、曇りない。
「…離して」
「怒っとる理由言わんと離したりません」
「怒ってない」
「嘘や」
「嘘やない!!」
思った以上に荒げてしまった声に、自分でびっくりした。
しかし申し訳ないという気持ちではなく、イライラがさらに募っていく。
もう自分がよくわからない。
いやだ、こんな気持ち。
「…見え見えの嘘つかんでください。俺、何かしました?」
そんな私をに対して、財前くんは冷静に辛抱強く、ゆっくりと私に問いかけた。
これではどっちが大人なのだかわからない。
悔しくなって、奥歯を食いしばった。
「…ごめん、大人げないな。今の」
「そんなんどうでもええっすわ。どないしたんです?…今日、変や、先生」
見上げた財前くんの眼は、その理由を話して欲しいと、そう言っていた。
「俺が、原因ですか?」
図星を突かれ、肩が揺れる。
それは財前くんにも伝わったようで、財前くんは静かに私の腕を離した。
その顔は、さっきと違う意味で歪んでいる。
「なんや、ほんまに俺なんや」
自虐的な笑みを浮かべる彼に言葉を発しかけたが、何を言えばいいのかわからず、口をつぐんだ。
「あーあ、浮かれとったんは俺だけか」
「えっ…?」
天井を仰いで微かに呟いた声に、思わず聞き返した。
浮かれるって、何のことなんだろう。
「付けてきてくれとりますやん。…コレ」
財前くんはそっと私の左手を取り、小指にはまっているものを優しく撫でた。
「あ、あの…これは…」
「俺、賭けとったんすわ」
「賭…け…?」
私の言葉を遮った財前くんの意外な言葉を復唱する。
疑問を込めて。
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