彼女の俺に対する呼び名は、ひょんなことから決まった。
「佐伯くんってサエさんって呼ばれてるの?ねぇねぇ、あたしもサエくんって呼んでいい?」
どうやら剣太郎がそう呼んでいるのを、どこかで聞いたらしい。
名誉なんだか、不名誉なんだか。
でもこの呼び名は、君しか呼ばないんだ。
ここ最近の俺の日課は、校庭のベンチで海を眺めること。
「だーれだ!?」
その声と同時に、後ろから目を覆い隠された。
迷うことなく、俺は言う。
「葉月」
その瞬間、目を覆っていた華奢な手が退き、恩田が俺の隣に座る。
「せいか〜い。よくわかったね、サエくん」
「俺が君の声を聞き間違えるわけないだろ?」
「うっわ。出た、無駄にイイ男」
「…意味、わかんないんだけど」
そんな会話をしながら、俺と葉月は笑い合った。
「それにしてもサエくんはここ、好きだね。いっつも居るもん」
「まあね。落ち着くんだ、ここ。海も見えることだしね」
「そうだね…。海って不思議…」
そう言って彼女は穏やかな顔で海を眺めた。
その横顔に、思わず胸が熱くなる。
ねぇ、もう一つ、ここによく来る理由、教えてあげようか。
ここにいれば、こうして君が探しに来てくれるだろ?
君に探してもらいたくてここで待ってる俺って、腹黒いかな?
END
[*前] | [次#]