図書館は世界がつまっている。様々な人が描いた物語や記録した文章、歴史、そんな沢山の世界がこの空間にはあるのだ。私の世界はとても狭かった。狭いから、広げようと本を読み出した。広がった、とは思わなかったがたくさんの書物に囲まれているだけで幸せだとそう感じるように、なった。そのくらいこの膨大な書籍がある空間に入り浸っていたのだ。
そこで私はある人に出逢った。出逢った、といってもこちらが一方的に認知していただけなのだが。その理由が…失礼だけれど、この図書館という場所に不釣り合いな格好をしていたため強く印象に残っていたのだ。度々すれ違った。何度か彼が本棚から本を選んでいるのを見たし、幾度も彼が本を読み、何かメモをしている姿を見た。ちょっと、いやかなり、気になってはいた。好奇心、だと思う。その理由は我ながらいただけないなあ、と思うけど。
それはある日のことで、私は何故か自分の身長では届かない位置にある本を読みたくなった。これは試練だ、そう自分に言い聞かせて取ろうとしたがなかなか取れない。当たり前である。諦めるか?いや諦めたくない、と謎の熱意を燃やす私に冷静な判断は無かった。そんな時に、「大丈夫ですか?」と優しい声が掛かった。声の主を見てみると、最近気になっていた、あの人だった。はじめて耳にする声は、鎧姿の彼からは想像も出来ない…といったら失礼だけども、そのくらい不釣り合いなやさしい声だったのでびっくりしてしまった私は思わず「優しい声ですね!」と感じたままの感想を述べていた。一瞬の間があり、それから「ありがとう」とお礼を云われ、さらに彼はガシャン、と体を揺らして小さく笑った。軽く身体を動かしただけだが、静かな空間には、少し大きく響いた、気がした。だけど、嫌な音ではなかった。どちらかといえば、やはりそれも優しい音だった。
「本が届かなくて」、と先程訊ねてくれた事に対する返答をすれば、彼はすぐさま本を取ってくれたのだった。「どうぞ」と差し出されたその本はなんのへんてつもないただの本だったのだが、彼が私に差し出してくれたおかげでとてつもなく素晴らしい本に見えた。「ありがとう」素敵な本だ、と受け取ってから表紙を撫でてみる。お前は素晴らしく良い本だぞ、と誉めたくなった。それからは、あっという間に彼、アルフォンスと会話をするようになった。会話のなかで彼にはとても重要で重大な、絶対に叶えたい夢があることを知った。彼の夢を応援したいと思った。叶うといいね、と当たり障りことを云うと、彼はそうだろうか、と切ない事を喋っていた。何故かその言葉で不安になり、窓を見た。雨が激しく降っていた。

◆◇

随分長いことアルフォンスは図書館に訪れることはなかった。何があったのか、と考えるがさっぱりわからず私はただ図書館へ通うことしか出来なかった。届かない場所にある本は全てアルフォンスが取ってくれた、と思い出しながらじっと高い位置にある本を眺めた。
そんな繰り返しをしていた日に、声がしたのだ。久しぶりだね、と、あの優しく柔らかな声が。
アルフォンス、と名前を呼び彼の姿を探すがそこにあの彼は居なかった。変わりに、少年が経っていた。その少年が笑って、私の名前をあの声で呼んだものだから抱えていた本を落としそうになった。
それが、つい先程の出来事である。

「綺麗だね」
「え?」

アルフォンスはゆるく首を傾げた。何が綺麗なの?と云いながらした、彼の仕草はとても可愛らしかった。…本人に伝えたら、きっと怒るだろうから脳内にとどめておく。

「髪の毛、とても綺麗だな、って」
「そ、そうかな…」

アルフォンスは、自分の綺麗な綺麗な前髪を軽く触ってみせながら、照れたように微笑んだ。

「よくわからないけど、おめでとう」
私はわからないまま、そう口にした。そんなセリフにもかかわらずアルフォンスは
「ふふ、ありがとう」と、笑いながら云ってくれた。

本当に、よくわからなかった。だけど、彼がアルフォンスであることに間違いはないようで、何がどうしてあの格好をしていたのか訊ねてみたかったが、…彼が自然と語ってくれるのを待とうと思った。

「何から話せばいいかわからないけど…」
「うん」
「長くなる、と思う。それでも聴いてくれる?」
「もちろん」

私は笑って彼を促す。なんといっても、私はお話しが大好きなのだ。だから彼の、アルフォンスの口から語られる物語をしっかりと聴きたかった。
アルフォンスは、ありがとう、と笑って、自分の世界を語りだした。

それは、暖かな太陽の光が大きな窓から射し込む場所でのことだった。
全てのものは輝いているように見えた。そんな午後。


20101101
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