ところで皆真面目に立ち向かわなくても、簡単に倒せるので私の出番などなく、ただスーツを着てぶらつくのが日課だった。わけのわからないまま部屋に入れられ、球体(いわく黒アメちゃん)に戦えと言われたものの周りがさくさく倒していく。戦闘は俺らに任せとき、と強そうなお兄さんが、言い放ったのを思い出す。命の危険など感じていなかった。

今日もふらふらと仲間たちが星人をやりすぎなほどなぶる姿を足早に通りすぎていると、ビルの影に人影が見えたので身構え、形だけxガンを向ける。しかしすぐにxガンを下げたのは、相手が京くんだったからだ。
京くんは私をゆっくり見るが、目は虚ろで、おそらく私と認識していない。しかし予想に反し、意識ははっきりしているらしく「はは、なまえ、綺麗やなぁ」と、彼は感心しながら呟くが、私の姿と幻想を見ているようだ。お世辞でも嬉しかった。それが薬の力でも。私に手を伸ばし、髪の毛に触れてくる。キレーだ、と呟く。綺麗なのは京くんのほうだ。

「大丈夫?」
京くんはにっこり微笑む。それが返事だった。彼の秀麗な顔立ちが、よりいっそう事態を悪く見せる。うつくしいものには退廃が似合う。墜ちよ、墜ちよと誰かが囁く。

 京くんと出会ったのは、私の最初のミッションの時だった。わけがわからないまま、部屋の外に出され(転送、はグロテスクだったために)街を歩くと一人の綺麗な青年を見つけたのである。言わずもがな、京くんだが、彼は異質だった。地べたに座りながら、何かをしている。周りが殺戮のような行為をしているなか、赤で染めていない青年は浮いていた。よく見ると、彼はスーツを上半身だけ降ろしていて、それがさらにおかしい。頭を下げていたので死んでいるのではないかとゾッとしながら近付き、肩を叩こうとした瞬間彼は頭を上げた。目と目が合う。青年の茶色い前髪が揺れる。綺麗な目だった。射ぬかれた。しかし彼は私など気に求めず、腕に注射器を射した。突然の行為に目が点になっていると青年は、(よくみると綺麗な女性にも見える)「あー…」と息を吐き出し、頬を紅潮させている。セクシーだった。その行為をして、感情が体が快感を味わう姿をこうして見せ付けられた私は、心臓が激しく高鳴る。

彼の喉仏が上下する、それさえ色っぽい。真っ白な肌が赤く染まる。しかし青年の目はぎゅるんと白目を剥いており、異常さという現実に引き戻された。しゃがみ、肩を揺すると、青年はまばたきをして、私を見据える。目は戻っていた。それから私の肩にどんとxガンを乗せる。固まる私をよそに彼は引き金をひく。間があき、後方で激しい爆発音がして振り替えると肉の塊がぼとぼとと落ちていた。

 青年を見ると、にっこり微笑んでいた。「危なかったなぁ、おねーさん」
くつくつと肩を震わせて「ひッどい顔しよる」と私を笑う。「あッ一発、射しとく?」青年はいたずらっ子のように唇の端を上げる。それが彼なりの気遣いだと思ったが、私は首を横に振るしかない。とにかく関わってはいけないと警報が頭の中に鳴り響く。しかしこの場から離れられなかった。どう見たって、彼はおかしい。ましてや薬をやっている、いよいよおかしいのだ。それでも私は惹かれていた。綺麗なものが醜悪なものに犯される瞬間を見たい。彼の肩に触れながら小さく思った。彼が堕ちていくさまを見たい。なんて悪趣味だろう、と頭は騒ぐ。一方で、体が薬に犯されている非現実的な彼、美しいものがこんなものに侵食されている異常さ。ましてや死と隣り合わせの場所で死をかえりみず一人で快感を味わう美しさ、それら全てを触っていたかった。見ていたかった。青年には何が見えているのだろう。青年の眼差しがギラギラと輝いているのに気付く。彼の情熱は死んでいないと錯覚してしまいそうだった。

「俺、京って言うねん」
「…京くん」
「みんなキョウって呼ぶ」

名前は?と訊ねられたので、小さく名乗ると「なまえちゃんな。おおきに」と目を細めてくる。京くんは立ち上がるので私もつられて立つ。思ったよりとても背が高く、モデルでもやっているのではないかと思った。
上半身の肌の白さに目が逸らせない私に気付いたのか京くんは「えろい目で見んといて」とふざけたように言う。ごめんと謝ると、素直な子は好きや、と頭をぽんぽんと撫でてきた。そういうことに疎い私は心臓を抉られていく。見れば見るほど中性的な顔立ちなのに、体も声も男性で、その差に驚いていると、京くんは「居た」と呟き、走る。何がと訊こうとする前に彼は遠くまで行ってしまったので慌てて追い掛けようとして、京くんの上半身部分のスーツを掴み、後を追う。

追い付くと京くんは星人にxガンを突きつけ、何度も撃ち抜いていた。辺りにバシャバシャと果実のように肉片が飛んでいくのが見えて、口を覆う。彼の目は爛々としており、私の肌が粟立っていく。怖い。しかしこれが彼の素顔なのだと思う。獲物を蹂躙し、何かを発散している姿の醜さは、先ほどの儚げな姿とはまったく違った。
結果として、それが今回の大物だったのか(後にわかったが)、京くんが倒したあと、私は転送されまたあの部屋に戻る。手が消える姿、おかしな生き物、殺戮、何もかも衝撃だったがそれ以上に京くんのような人を見つけた感動もあった。その感動は、言い表せない。

それからだった、勉強をしていても彼を思い出すようになったのである。ああして薬を使う仕草が手慣れていたから、慢性的に打っているのだろう。危ない人だから、日常で出会うわけないと思っていた。しかし私は偶然見つけたのである。それも同じ大学で、だ。教室を移動するため廊下を歩いている時にすれ違ったのである。見間違える筈がなく、私はすぐに判断がつく。彼は京くんだ。今風のおしゃれな服を着た彼はとても薬漬けには見えず、華々しい。しばらく彼の背中を見つめていたが、先日彼のスーツを掴んだ時のように私は走り出した。そして京くんの腕を掴み、振り向かせる。京くんは、だるそうに目をこちらに向けて、それから「あ」と声を上げた。

「えーと、なまえチャン!」
京くんはにっこり笑って、大きくなったなぁ、なんておかしなことを言いながら私の頭を撫でる。

「ハハハ、偶然やな!同じ大学かァ」
「すごいね!」

興奮する私に京くんは、「久しぶりに学校へ来たらなまえちゃんに会えたわぁ、ええことあるな」と楽しそうに笑っている。京くんはよく笑う人だ。

次のコマがなんと同じ授業らしく、私たちは話ながら教室に入る。話を聞くと、京くんは殆んど学校に通っていないらしい。単位も取れていないものが多いらしく、不味いなぁと困っていなさそうな顔で京くんは語る。 教室の真ん中辺りに座り、京くんを見つめているが、先日のはかなげで狂気的な姿が見られない。普通の学生だった。

「なまえちゃんッて、大阪のコやないな」
なして、と京くんが鞄からシャーペンと消しゴムを出しながら訊く。ペンケースを持っていないのが面白い。本当にふらっと学校に来たのだろう。
「ここの大学に憧れてて、東京から来たんだ」
「へー。それでこッちで事故ッたんか」
「うん」
事故。自分は一度死んだ身である事を、危うく忘れていた。あの部屋のシステムはわからないが、私は再生された人間なのである。実感が湧かず、私のことより、彼の事が知りたかった。
京くんはどうしてあの部屋に来たの?と口を開こうとしたが、先生が教壇に立ったので口をつぐんだ。

20130709
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