しょうがないなあもう

今日は少しだけ油断していた。と、ぼんやり思う。負わされた傷がジンジンと熱を持っている。やっとの思いで逃げ出し、路地裏まで来た私は、そのまま崩れ落ちるように壁に背を預け、ズルズルと座った。そうして壁に背中を預けながら、お腹と、足をやられた、と朦朧とする意識で確認する。お腹に手をあてると、とめどなく流れてくる血で、手がすぐに真っ赤になった。
うわぁ、血だ。暖かい。体がドクドク脈打つ音がよく聞こえる。今日のこの夜がはやく終わらないかな、と考えていると、人が立ち塞がった。驚きながら顔をあげると、西くんだったので、ほっと溜息をつく。珍しい事も、あるのだ。西くんが隠れていない。安心して、溜息をついた私に西くんは眉を寄せた。

「お前さァ、なにやられてんの?」

私を見下ろす西くんは肩にxガンを乗せている。トントンとxガンを肩に当てるしぐさは、どことなく苛立っているようだ。最近入ったばかりだし、慣れてる西くんとは違うよ、と言いかえそうとしたが、億劫だったので言わなかったし、なによりどうせすぐガンガン言われてしまうだろうから、黙っておくのが得策だろう。ここに飛ばされてから、何回か経ち、何回も体をふきとばされてきた。いわゆる生死の境をさ迷った事もあり、どうしてこんなに痛い思いをして死ななくてはいけないのかと血溜まりのなか泣いたこともあるが奇跡的に部屋に帰ることが出来ている。運が良いだけかもしれないし、その時その時のチーム(と呼んでいいのかわからないが)が強いひと、立ち回りのうまいひとで構成されていたからかもしれないが、多分西くんが居ること、これが一番大きいかもしれない。彼は部屋の住人のなかでいちばん立ち回りも技術もずば抜けていた。星人を彼が素早く(開始早々倒すことはないが)倒してくれることで、こうして生きながらえている。


「ダッセェ」

そんな西くんは相変わらず口が悪い。ほんとうに、侮蔑するような顔で私を見下ろしているものだから、自然とお腹を押さえる手に力が入る。 痛いし、暖かいし、おかしくなりそうだ。だいたい、ダサイってなんだろう。むがむちゅうに逃げて、頑張って立ち向って、それだけで頭がおかしくなるのに、そういった自分の行動をださいという一言で表現してしまう西くんてすごいなぁ。西くんは腕が飛ばされたりお腹から血がたくさん出たことなどないのだろうか。

「西くんはさ、痛いの平気?」

思いの外、流暢に言葉を話せる自分に驚く。西くんがここで暢気に会話をしているということ、さらに姿を見せているということは、そろそろ転送が始まるのではないか。それがまた自分の安心を高めている。よかった、たぶん死ぬことはない。私が安堵しているところで、西くんはそうではなかった。

「…平気なワケ、ねェよ」

唾を吐き出しそうな顔だった。ほんとうに、嫌そうに眉を寄せている。見ているのも、痛々しい。思わず目を逸らしたくなった。
しかし、あのさァ、と西くんは続ける。相槌を打とうとして、ギョッとした。西くんはxガンを私に向けていた。どういう事なんだろう?状況についていけなかった。そんな私を置いて行き、西くんは喋る。

「撃ッたら痛いと思う?」
西くんは先程までの嫌そうな顔はしていなかった。ただ、そこには純粋な疑問が見える。しかし私は西くんではないので、本当にそういう気持ちなのかはわからない。

「痛いよ」

西くんはそッか、とごちる。当たり前だ!と怒鳴りたかったが、どうもそういう、雰囲気ではないらしい。なにより私のこの姿を見て欲しい。今にも気を失いそうなのだ。
西くんはいつだって不安そうだ。xガンは私に向けられたままである。撃たれてしまうのだろうか。しかし、こうして重傷を負っていても、あの部屋に戻る事が出来れば、元通りになるのだった。撃たれてしまうかもしれない。死なないような部位に当てるのであれば、だけれど。

「なにかヤな事でもあったの?」
「はぁ?」

西くんは目を見開く。バッカじゃねーの、と目が語る。本当に私をバカにする目だった。西くんはよくそんな風に私を見る。しかし嫌ではなかった。西くんがそうやって私を視界に入れて意識してくれているだけで嬉しいと思えたからである。ちょっとおかしいかもしれないなと苦笑したくなった。

「どうでもいいけど、そういうの人で発散しちゃダメだって」
「オイオイ、冗談はよせッて。アンタだッてストレス発散してンだろ…ここで…」

西くんはまくし立てて、口をつぐむ。アホらしー、と一人ごちている。アホらしくないから、西くんの意見をしっかり聞いてみたかった。しかし続く気配はない。
ところで私はここでストレスを発散をしているのだろうか。多分していないな、と偽善者な私は思う。だって、怖いのだ。どんなにイヤな姿をした星人でも、生きているひと?をどうにかするということは、本当に残酷な事だと思う。しかしそういう考えは、いつかここでやっていけないだろう。戦わなくてはいけないのだ。やだなあ、と思う。いつだって、スーツを着ると心が冷える。行きたくないやりたくない逃げたくないと。
西くんは楽しんでこの場所にいる。そういう方が、いいのだろう。楽しんで作業をする。いや遊んでいるのかもしれない。私は嫌な事を率先して出来るほど、大人ではないのだ。ましてや遊びだとは思えない。自分の命が掛かっているのだから。

「さッきの」
「え?」

xガンを私の傷口に当てながら、彼は呟く。倒しといたから、と。なにを?とは言わなかった。私をこんなふうにした星人をだろう。

「ありがとう」
「…なんでそんなに弱いワケ?いつか死ぬぜ」

私を見降ろす西くんは、心配をしてくれている。星人をポイント加算のためだろうが倒したことを教えてくれるし、今日の西くんはおかしい。何かあったのだろう。それでも、そんな事を、西くんの環境を聞けるほど、私たちは仲が良いわけではなかった。部屋に戻ったら解散、そういう仲だった。むしろ知り合いだった。仲が良ければ西くんの何か直面している問題(あるかわからないが)を訊く事ができるのだろうか。西くんの悩みって一体なんだろう?彼には悩みがあるのだろうか?考え出すとわからなかった。西くんという存在を私はよく知らない。知っているのは、ここでの彼だけだ。
しかしながら、彼の言葉に引っかかった。

「もう死んでるよ」

息を吐きながら笑うと、西くんはウゼェ、と心底イヤそうな顔で吐き捨てた。
私はそんな西くんを少し可愛いと思った。言葉にしたら、本当に撃ち抜かれてしまうので、心の底にしまいこむ。
西くん、ありがとう、とまた言えば、別に、と目を逸らされた。


20130326ー0501
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -