いいこいいこ

 私が苦しくなると、小さい子みたいやなあ、とキョウは頭を優しく撫でてくれる。そのたびに私は目を閉じた。スーツを着て星人をなぶる姿とは大違いで、どちらが本当のキョウなのかわからなくなる。

優しいキョウ。女の子みたいな顔をしているキョウ。けれど、とても強くて、とてもイカれている。こんなに可愛い顔をしているのに。街中を歩いていたら、誰もが振り返ってしまいそうな容姿。なのに、薬をキメて涎なんかを垂らし声高々に笑いながら駆け回る姿とは似ても似つかない。

キョウは薬が切れると、泣き出すし暴れるし幻覚に怯える。私が隣にいても見えていないのか一人で騒ぎだす。私は黙ってキョウが落ち着くまで隣に居る。キョウは泣きながら注射器を出して腕を縛り震える手で注射をする、するとすーっとキョウは落ち着いていく。なまえかあ、さっきまで緑色の大きな芋虫がいてそいつが俺に言うんよおかしな話やろ〜芋虫が喋るんや、しかもえらいでかいやつカフカのあれやなんやっけあれみたいで面白かったなぁけどその芋虫なぁ俺を食べようとすんねんそいつが俺の胎内に子供を生んだから身体中かゆくてしゃーなかったわ。キョウは先程かきむしっていた腕を見つめている。掻き壊して、血が出ていた。私は塗り薬をキョウの傷に塗っていく。
「死にたくない」
キョウは大阪弁でそのようなことを言った。私はたまに大阪弁のイントネーションが分からなくなる時が多く、今も少し聞き逃してしまっている。死にたくない。キョウはそう言った。しかし、キョウは命を軽く見ているキョウだけじゃないあの部屋にいる人はみんな命を平等に軽く見ている。腕が無くなろうが足だろうが万が一命を落としたってギリギリ部屋に転送されれば、再生される。失ったものが返ってくる。だからだろうか、命が軽いと思ってしまうのは。私は軽いなんて思っていないけれど、あの部屋にいる人たちは軽いって思っているのは間違いない。キョウもそう思っているのだろうか。私もいつかそんなふうに染まっていくのだろうか。そんなふうに、なりたくはないけれど、私がこうしてここにいるために、星人を倒していくことは、道徳とか倫理とか、全てのものに反する気がして、怖い。悲しい。そんなふうな人と、同じだった。
キョウの腕が真っ白で美しいのは、転送されるたび再生されているからだった。ミッション中もばんばん射しているのに、こうも綺麗なのは、そういう事なのだった。いいなと羨望の眼差しで腕をみつめる。私のとは大違いだった。ところで、薬は人の潜在能力を引き出すらしいし、薬をしているからキョウは強いのか?薬は関係ないのか?なんでもいいけれど、音楽を聞くように注射を射す。サイコーにロックだね。って私は感心している。

 鳥肌が立ち、転送されることに気付いた私はキョウの手を握る。キョウは柔らかく微笑みながら、私を見つめた。そうやって、私を柔らかく見つめるときは、薬が効いているせいだろうか。これがいつものキョウなのだろうか。薬など、関係なく。これが、キョウ本来の姿で、いいのだろうか?とか、思う。キョウなのに。

「なまえ、怖いんか〜?」
ハハハ、と楽しそうにキョウは言う。さっきまで、怖いと怯えて震えていたくせに、彼はもう気分が高まっている。私が言いかえそうとする途中で、転送は始まった。怖い。私はいつも怖い事が怖い。キョウにわかってほしいけれど、きっと自分でもわからないから、伝える事が出来ないのだ。



黒アメちゃんからさらに転送された先で、小さい星人を倒していると(最近ではためらいなく撃てる)、バイク(他になんて呼ぶべきかわからない)に乗ったキョウがやってきた。

さッきぶりやな〜と彼はにこにこ笑って、バイクから降りる。私の方へふらふら来ると、ガシッと力強く抱き締めてきた。その突然さに、少しよろめく。しかしイヤではなかったし、嬉しい。すぐに私を見付けてくれた事も、こうして抱きしめてくれたこともすべてが嬉しかった。

「ど、どうしたの」
「なまえは安心すンなァ」

背の高いキョウが体を屈めて抱き締めてくるので、痛めてしまわないか心配になる。背中を擦ると、キョウは暫く抱きついていたが静かに体を離した。 安心する、と言うことはキョウは何かに怯えているのだ。たとえば、なんだろう。キョウのまなざしをよく見てみても、わからなかった。かんたんに、言ってほしい。私は、わからないから。

「今日は高得点のヤツおらへんのや」

困ったように呟くキョウが可愛くて、手を繋ぐ。キョウがゆっくり握り返してくれたので頬が緩む。 キョウの手は暖かい。体温が高いのだ。そのことに、私も安心する。言葉にしなくても、わかるのだろうか。私は、言葉がなくても、安心してしまう。だからキョウもくわしく言葉にしないのだろう、か。なんて。

「ミッション終わるまでデートしよか」

思い付いたようにキョウは言う。口角を上げてきらきらとした眼差しだ。断るのは忍びないが、ミッションは遊びではないのである。少なくとも、私にとっては。
でも、と言えばキョウはかまへんやろ〜とバイクを置いてすたすたと歩いていく。バイクいいの、と指差すとキョウは、
「歩きたい気分や」
と歩く。仕方がないので私も歩いた。

夜の街をこうして散歩することなんて、なかなか出来ない。少しロマンチックだと思ったが、星人を犯している人が目に入ったのでげんなりした。キョウはようやるなぁ、と感心しているあたりため息をつきたくなる。しかしいつもの事だった。

私たちは何をするでもなく、歩いた。さいわい星人の数は少く、また一部のサドたちにより蹂躙されているのか、遭遇しない。
夜のネオンがキョウを照らしている。綺麗だった。キョウはいつだって美しかった。
だから、不安になる。いつかアッサリ消えてしまいそうだ。そう思ってしまうのは、私の思慮が浅いせいかもしれない。

「なまえなぁ」
「なに?」
「百点取ッたら、ここから出て行くンか」
「出て行ったら、キョウのこと忘れちゃうでしょ」
「おう」

キョウは笑った。私は笑えない。むっとして、キョウの手を離そうとするが、彼の力は強く叶わなかった。キョウが声を上げてまた笑う。今日はご機嫌だ。薬が効いているのだろう。

「俺は忘れんから」
「ホント?」
「やから、安心して百点取ッて、ここから出て行ったらええよ」
「私が忘れたくないの」

キョウはがしがしと私の頭を撫でると、可愛い事言うな〜と嬉しそうに微笑む。それから、

「ずッと、ココに居て欲しいけど」

なまえは弱いから心配やな!とキョウがくつくつ笑う。私はため息をつく。

「そうだね。死にたくないな」
「な〜怖いモンなあ」

キョウは怖くなさそうに吐き出す。それから私の手を少し離すと、勢いよくXガンを取り出し、前方に撃つ。素早い動きで、固まる私をよそに、キョウは口の端を上げて、笑う。

「敵サンから来よッたでッ」

いきいきとするキョウに私は嬉しくなった。キョウはここで生きるべきで、ここ以外では生きられないのかもしれない。私はいつか来る時のために、点を取ろうと、キョウの後に付いて行く。
キョウは走りながら思い出したように、

「デートは終いやなぁ」

と残念そうに言うので、ミッションが終わったら、デートしようよ、と彼に語りかける。キョウは、それもそうかァ、と納得して、星人の下へ駆けて行った。
早く今日のミッションを終わらせて、はやく私たちは恋人らしい時間に戻りたいのであった。
離れたキョウの手を横目で見ながら、私も駆ける。はやく、その手を繋いであげたいねと。

20130712−20130722
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