星屑に溺れた魚は君に惑うから

 怖い、と西は呟いた。それは多分数日前のミッションで死にかけたことが原因かもしれない。西はちゃんと腕ある?とすがるように見つめてくる。うん、ある、あるよ。西の肩を撫でながら、西を強く抱きしめながら、西の背中をさする。朝起きて、確認するンだ。ちゃんと自分の体が、くッついているかどうか。西は静かに語り出す。ミッションが終われば、西はこうだった。弱い敵を蹂躙するときは気分が良いし、快楽さえ覚える。しかし、自分が蹂躙される側になると、話しは別だった。怖い、痛い、スーツの出力を全開にしたって、かなわなかった、鼻をすすりながら西は呟く。死ぬことは怖い、いつだって、怖い。普段の強気な態度からは想像もつかないが、彼の年齢を考えると仕方のないことだと思うし、いや、年齢は関係ないだろう。誰だって死ぬのは怖い。
そうやって、西が私に縋ってくれるのは、私に気を許してくれているからだと思うと、多少気分が良かった。こう思ってしまうのは、とても、性格が悪くて、イヤだと思うけれど、そう思ってしまう。
世界には私と西しかいないのだと思わずにはいられない。
西が頼れるのは私だけなのかもしれないと思うと、本当に、心地よかった。悪い私が囁く。西には私しかいない。ずるいずるい、自分はなんて汚く浅はかな人間なのだろう。

 西はそうして、たまにうつろな目になる。それで、私に縋る。私はそれでイイと思っている。どこかに拠り所が無ければ、こんな事をあんな空間でやってられない。西の力になれれば、それでいいと思う。だけど、本当に西のためなんだろうか?と西の腕を撫でながら考える。きっと、自分の欲を満たすためだ。あんな場所で生きていく自分の、存在価値を、西が養ってくれる。西が居なくなったらどうしたらいい、西も私が居なくなったらどうするのだろう。

 だとしたら、私はじゅうぶん偽善者だった。西の嫌う、偽善者だった。それに気づくと、怖くなる。西がそのことに気付いたら私はどうされるのだろうか。いやでもしかし、私は偽善者じゃあない。だって、西を利用している。自分の欲を満たすために、自分が生きていていい理由にするために。

「なまえ」

西のか細い声に顔を上げると、西が目を細めている。なに?と首を傾げると、西は、何じゃねーよ、と笑う。いつもの西だった。弱々しくない、孤高の、西だった。西のくちびるが弧を描く。その笑い方はいつもの、イヤな笑顔だった。だけれど私はそれが好きだった。そんな笑い方をする西が大好きだった。

 ヒューと口から息が漏れる。頭はがんがんとしていて、実はもう、私は死ぬのかもしれなかった。
西は私を見降ろしている。その目がらんらんと輝いている。私はそういえば、こうして地面に横たわっていた。さっきの攻撃で、強く怪我をした。苦しかった。血が暖かかった。こうやって死ぬ感じは、何度か味わった事がある。
 
「なまえ、死ぬのか」

西はわかっているくせに、笑う。歪められた顔に、寒気と、しかし性的な感覚を味わう。こんな顔をする中学生は、反則だ。死ぬかもしれない、と口にするけれど、ちゃんと声になっているかは定かでなかった。

西は少し乱暴に私の脚を蹴る。痛くはなかった。感覚がなくなっているのかもしれない。
西に踏まれながら、私はゆっくり瞼を閉じる。少し億劫になってきた。意識が薄れかけている。

「今のなまえ、色ッぽい」

西は頬を染めながらつぶやく。本当?それは良かったな、と笑う。けれど、やっぱりうまく笑えているか自信がなかった。しゃがんだ西は、私の髪を引っ張り、顔を寄せる。

「キスしていい?」

西の眼差しが熱い。私はごくんと頷く。西は嬉しそうに微笑み、唇と唇をくっつける。
血の味がする、と西は笑った。そうなんだ、と私も笑う。西はなまえのくちびる熱い、と口の端を上げる。かわいい。西はかわいい。

「もーすぐ転送始まるぜ」

鼻と鼻が触れ合うくらいの距離で、西は言う。じゃあ死なないね、よかったと私は安堵した。まだまだ西とこうやって触れ合える日が続くんだ、と考えてしまうあたり、毒されている、依存しているのはどちらの方だろうと思うと、実は私の方が何倍も西に依存しているのではないだろうか。西には私しかいないのではなく、私には西しかいないのかもしれない。
西が私のお腹をまさぐる。そこは、さっき、大きく穴を開けられてしまったから…汚いよ、と言いたかった。すッげェ…と西が恍惚とした顏で語るから、私はなんでもいいや、とくちびるを閉ざす。西は私の血を舐めとる。すごく、エロティックだった。でも汚いので、あんまり舐めないほうがいいと思う。そのうち、私の意識が途絶える。
次に目が覚めると、見慣れた部屋だった。西が壁に寄り掛かっている。先ほど出た時より、何人か人がいなくなっていた。私はラッキーだった。運が良い。私はツイている。

 私は何度も生き返る。西も何度も生き返る。部屋に戻るたび、再生しているのかもしれない。なんとも言えない、奇妙な感覚だった。私は私だけれど、昨日までの私はもういないということである。少し寒気がした。私はいったいなんだろう。
勝手に西のことを考察してみる。西は腕をもがれるだけだったり、怪我するだけだったりする事の方が多い。だからか、人一倍、死ぬ事に敏感なのだった。私はだいたい、痛いのは一瞬であとはもうずっとああいう感じだから、感覚がなくなってしまうくらい、ぼろぼろに細胞が壊れるのは楽だと思っている。だから少し逃げるのが上手い西は可哀想だった。そう逃げるのがうまい。西は別段強くない。そこが、本当に、可愛くて可哀想だった。
ああやって、楽しそうに見つめてくるのに、やっぱり誰よりも、心細くなる西は、可愛い。多分今夜あたりも、きっと寂しい、怖い、と西が泣きついてくる。その姿は、どことなく猫に似ている気がした。普段はツンと澄ましているのに、都合の良いときだけ、構って欲しそうにすり寄る。でも都合の良い時だけ、それだけで、いいのだ。西が私を必要としてくれるのであれば。
生きているうちは、何度でも、救いになってあげたい。
なんて、救いになっているのはどちらの方なんだか、と私は瞬きをする。西は姿を消していて、どこにいるかわからないが、帰ってしまったのだろうか。人が去ったあと、私は壁に寄りかかりながら、西と呼んでみる。どこからともなく西は姿を現すので、アー本当に猫かもしれないと微笑むと、西は怪訝そうな顔をした。
今すぐ西を抱きしめて頭を撫でてあげたかった。

0603〜0616
タイトル「彗星03号は落下した」さま
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