ラヴソングと少女漫画の違い

1997年。高校生。
朝生に抱かれている女の子はたくさんいたけれど、抱かれないより幸せだと思った。抱いてくれるということは、少しは気があるんでしょ。
「なまえが特別なんじゃなくて、抱いていると空っぽになれンの」
先程までつらそうな顔をして私に覆い被さっていたのに朝生はさっぱりした顔で言う。朝生の真っ黒な眼が私に突き刺さる。私はその目がこの目が好きだ。
彼の部屋を出た私は泣きながら乗って来た自転車を漕いだ。ばかみたい!ばかみたい!ふざけんな!朝生にとって私ってなんなんだ!都合の良い女である事は明白だった。しかし朝生こそ、女たちにとって都合の良い存在なのかもしれない。手軽に届く、ユーメイジン。ユーメイジンに抱かれた私って、カッコイイでしょ?という女の声が響く。違う、私はそういうブランドが欲しいわけじゃない、朝生が好きだから、彼の歌が歌詞がメロディが好きで、だからこうして押しかけて、彼に抱いてもらっている。ユーメイジンだから好きなのではなく、朝生という芸術家が好きなのだ。それを果たして朝生はわかってくれているのだろうか。きっとわかってくれない。きっと朝生は私を他の大衆と同じように見ている。だからアンナ事を言うんだ。ひどいひどいひどい。

ある日突然朝生が学校に来た。制服を着た朝生はとびきりかっこよくて、遠目から眺めていたら、彼は黒髪のカワイイ子の手をとり学校をサボタージュしやがった。私じゃないのか。だいたいアノコは誰じゃ!?などと訊けるはずもなく、彼が恋する女の子だとぴんときた。目の大きく、睫毛の長い女の子だった。可愛かった。でも、彼女だって、どうせ、朝生に抱かれてオワリなのだきっと。そして、私はあんなふうに朝生と手を繋いだ事がない事に気付く。彼女に嫉妬した。羨ましかった。私だって朝生にあんな風なまなざしを向けてもらいたかった。
しかし彼女は朝生に抱かれる事はなかった。どうやら部屋に来ているようだが、抱く事はないらしい。それって、ドーナノ?本当にマジで、好きみたいじゃん。青春滅びろ。
愛されているんだ、って気づくのは簡単だった。抱かれるより抱かれないほうが、大切にされている。っていうか朝生の抱く行為って自分の心を空っぽにする儀式だから、抱かれる事はもはや特別な事でもなんでもない。むしろ、抱かれる女たちはみんなみじめだ。それに比べてあの黒髪のカワイイ子はどうだろう。抱かれる事もない。それより朝生にニッコリ微笑まれ、優しく手を握られている。どうしたって、叶わないのだ。



朝生が死んだ。朝生が死んでも世界は変わらなかった。くそったれだぜベイビー、世界は残酷サ。

朝生のとくべつな女の子でさえ、朝生を止められなかったのだから仕方がない。噂だから、彼女が最期のとき朝生にどう接したのか想像でしか語れないけれど。
朝生が死んだという報せを聞いて、私は翌日学校を休んだ。部屋に籠って、朝生の歌を聴いた。耳に届く朝生の声。私の名前を始めて呼んでくれた声音を思い出して、心臓がぎゅっと痛くなる。

「あなたの歌が好きなんです」
部屋に押し掛けた私に、朝生はへえと笑った。
作り物みたいな、くそみたいな歌詞しか作れないぜ、と朝生は言った。そんな事ない、と私は言ったけれど、彼は信じなかった。だって作っている俺が言うのだから、そうだろと朝生は言った。そんな事ない、と二言目に言えなかった。たしかにそうなのかもしれない。なんでなまえ泣きそうなんだ、と朝生がくつくつと笑う。悲しくなってしまったからだった。
だけれど、私はたしかにこの作り物にこころ踊らせ、生きる喜びなどを感じた。作り手が嘘だと決めつけても、私たちファンの手に届くころ、作品は色鮮やかになる。彼が絶望したって、私たちには輝く宝石なのだ。それを、朝生はわかっていない。自分だけの世界じゃないのに。あなたの作品は私たちへ確実に届くのに。作者の手から羽ばたいた作品は、もう作者だけのものではないのだ。ファンが好き勝手に解釈をしてしまう。だから、私は朝生の歌が偽物だとは思わないし、思えない。
朝生の歌が好きだ。ううん、朝生が好きだ。大好きだ。愛している。
いっとう好きな曲を何度もリピートして、泣いた。朝生が世界から消えてしまったなんて嘘みたいだ。実はどこかで生きてそう。たまごかけご飯を食べながら、天気予報なんかを観て、天気に文句を言うのだ。それでヒマになったら女の子を自宅へ呼ぶ。むしろ、女の子が勝手に自宅へやってくる。モテる男って大変だと朝生は笑う。ヤり捨てられるのは俺の方なんだぜってメンドクサソウな顔でやる事だけしっかりやっちゃうのである。死んでしまったなんて、嘘だ。




2013年。31歳。
FMラジオを聴きながら、海辺の道路を走っていると何度も何度も聴いた彼の歌が流れてきた。ふっと涙腺がゆるむ。
今日は朝生サンの命日なので、お気に入りの曲をリクエストしました。私にとってこの曲は思い出深く、云々とラジオパーソナリティが読み上げる。ラジオパーソナリティも、ああ懐かしいですね私も好きでした当時の青春は朝生さんの曲で駆け抜けてましたよそういう女性私の年代には多いんじゃないですかね。
彼に恋した女の子は今でも女の子だ。
世界はくそったれだぜベイビー。
愛してるぜ朝生。
なんつって、かっこつけながら、泣いた。
いつまで経っても、忘れられないのだ。ふとした時に朝生を思い出して、鼻の奥が痛くなる。
朝生がおじさんになったら、どんな感じだったろう。いけすかないおじさんになって若い女の子とデエトしてそうね。女の子のために、歌を捧げるのだ。幸せだ。幸せだ。
いまだけ、朝生の事をゆっくり思い返す。決して、幸せな恋愛ではなかったし、私の片想いの恋だったけれど、確かにあれは、恋だった。
窓を開けると、海の潮風が入ってくる。
朝の海辺で生まれたから、朝生って言うんだぜ、面白いだろ。
朝生がそう言って笑ったのを思い出した。


20130811
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