さよなら いとしの ジュブナイル

 私が男性だったら。彼の恋愛対象に入ることは、出来ただろうか。
原学くんは、小学生の頃からの付き合いである。いわゆる幼馴染みで、家も近かったため中学校も同じだった。しかし彼が男子高校へ行ったため、付き合いもそこで途切れたのである。大学も違うところにそれぞれ通ったが、方向が同じだったので時々電車内で見掛けたりも、した。
切れ長の目が、私を射抜く。さらさらと滑らかな黒髪を掻き分ける仕草が、綺麗だった。学くんが好き、という感情は小学生のときに芽生えたし、中学では背が高く気だるげで艶かしい目をしていたからか、女子からよく黄色い歓声を貰っていたのを見て、少し心がムカムカとしたのを覚えている。とてもよくモテたのに、学くんには浮いた話がひとつもなかった。美人の×ちゃんが学くんと短い間付き合ったらしいが、なーんにも手を出してこなかったと×ちゃんが嘆いていたのを聞いたことがある。それを聞いて私、学くんって奥手なのかも、なんてニヤついてた。純情なんじゃない、って。なんにも知らずに。

高校生になってから、帰路で初めて学くんと会った。駅のホームで相変わらず気だるげに歩いていたので、思わず腕を掴む。学くん!と声を掛けると、なまえ、と切れ長の瞳が私を見つめた。久しぶりに喋れたので、どきどきと胸が震える。あーこれが恋する乙女なんだって自覚した。恥ずかしい。学くんは、どうだろう。私の事なんてなんとも思っていないだろうな。何も考えていなさそうなまなざしが私に突き刺さる。それは、冷たい冬の朝を思わせるのだ。
自分の学校生活のことを話すと、学くんは適度に相槌を打ってくれたし、学くんも自分の学校がどういうものかを語ってくれたのである。彼女居るの?と訊くと学くんは、やや間をあけて「男子校だから」と笑った。私はへーそうなんだ、と緩みそうになる頬を押さえて、学くんの横顔を見る。彼女がいないってことは、アタックしても、いいよね、と自身に訊ねてしまう。

そうして、私たちはときたま学校が終って出くわすと、一緒に帰宅していた。そんなある日、私はついに告白をしようと、心に決める。

「好き…なんだ、学くんのこと」
意を決して言うと、学くんははぁ!?と変な声を出した。その変な声に、私も変な声を出したくなって、ただ目をまんまると、させてみる。えっなにその反応は?
「お前、そんな目で俺を見てたのかよ」
「そんな目ってなに…えっ、気持ち悪そーな顔しないでよ」
学くんは頭をがしがし掻くと、長い長いため息をつく。それが否定を語っているようで思わず手を握りしめてしまう。そんなに、嫌な事なの?私から好意を向けられることは、そんなにきもちわるーーーいことなんだろうか、そう自覚すると、羞恥で顔が赤く染まる。
「なまえだから言うけど」
学くんが私だから話してくれる、それだけでまた頬が赤くなるから私は単純だった。そんな私を知らずに、「俺、ゲイなんだ」と。
学くんはなんてことのないように語る。歩く歩幅も変わらないので、今夜の夕飯はシチューなんだ、って話を聞いているような気分だった。夕飯がシチューだったらいいのになあ、となんとなく思う。お腹が空いているのだろうか、ナンテ、現実逃避をしてしまった。

「だからなまえの気持ちには」
ごめん、と学くんは私の頭を軽く撫でる。なんだそりゃ。私はただひたすら、ぽかんと口を開いていた。ゲイだから私とは付き合えない?いやいや、え?

「フツーは、男に恋なんてしないよな」
「普通って…そんなこと言わないでよ…学くんが普通じゃないなら、私だって普通じゃないよ」
「なんでだよ」
「れっ恋愛すること自体が、生き物としておかしいからって…本に書いてあったから」
しどろもどろな私の発言を、学くんは笑った。そして学くんは私に告白したことでふっきれたのだろう、なんだか陰欝そうな、あの気だるげなまなざしはなくなっている。棘がない。なにものも寄せ付けない、あの鋭さがない。

放心する私を連れて、駅前の喫茶店に入った私たちは、向き合ったまま下を向く。いや下を向いているのは私だけである。
主に私が学くんの顔を見れなかった。好きだった人は、どうあがいても、女に恋愛感情を持たないと言う事。気付けば鼻はツンと痛くなっていたし、涙がにじんでいた。ハンカチを目元に当てていると、学くんは、悪いななまえと謝ってくる。何も悪くないのに。

「恋をしているんだ、俺」

学くんは呟いた。いましがた私を振ったというのに彼は…と私はギッと睨みつける。学くんは私の眼光より鋭く、そうしてずっと遠くを睨んでいたのでゆるんでしまった。誰にそんな感情を向けているんだろう、うらやましかった。

「…誰に」
「ガッコのせんせー」

私はアイスティーがむせ、ゲホゲホと盛大にせき込む。店内は人が多く、ガヤガヤとしていたので、迷惑にはならなかったのが幸いだった。学くんも慌てて、大丈夫かよと声を掛けてくれる。

「せっ…先生…そっか…」

叶うわけないでしょ、先生だよ。そういう顏をしていたのか学くんは目を逸らしながら、わかってるよ、と言う。

「素敵な先生なんだね」
「うん。っつーか、先生から手を出してきたから、気がある。絶対、俺に」

私はまた目を丸くした。ちょっと、君の学校はどうなっているの?そんな事、犯罪ですよ、と声を大きくしたい。

「なあなまえ」
「うんなに」
「お前くらいにしか話せないんだ、こういう事」

学くんは気恥ずかしそうに前髪を掻きわける。いつも照れる事なんてないのに、どことなく頬が赤い。そんな表情は反則だった。誰かに恋をする姿を見せられて私が苦しくなる事をわかっていない。だけれど、私では学くんをこんなふうにする事は出来ないという事実でもあった。

「…私でよければ、いつでも相談に乗るよ」
「ありがと」

学くんは目を細めて私にほほえむ。私はそれだけでいいかな、とのんきに思った。そんなわけ、ないのに。本当は恋人がすることをぜんぶしてほしかった。どうして好きな人の恋愛相談に乗らなくては、いけないのだろう、そして私がどんなに良い顔をしたって、恋愛対象にならない。
あー私が男の人だったら少なくとも恋愛対象になるのだろうか。
そんなわけない。私がこんなままじゃきっと、男でも、きっと、駄目だ。

アイスティーの氷が溶けて、私の感情もなまぬるくなる。店内の喧噪がゆるやかに流れていく。
私の体が分身して、もう一人の私が彼に相槌を打っている。
でもやっぱり好きだった。どうしても。その感情はごまかせないのだった。悲しいな、私も、学くんも。
なんて勝手に考えて、そして辛くなる。



私は昔から学くんにかなわないんだ、ってなまえが悔しそうに、緩やかに巻いた髪の毛を撫でている。へえそうなんだ、と煙草をふかしながら俺は言う。思えば高校時代に俺が告白したことによって、なまえとの距離はぐっと近まった気がする。だから今もこうやって、俺たちはたまに飲みに行く。その程度の仲ではある。
バーの中で彼女の言葉は少し聞こえにくいが、ゆっくり耳に入り込む。なまえはモスコミュールを一気に飲み干した。おいおい、と声を掛ける、が、うらめしそうに俺を見つめるまなざしは女のソレで、俺は別段グッと来ない。可哀想だなぁと思う。
でもなまえはずっと俺が好きなんだ。でなきゃこんな顔はしない。その眼差しは、いつかずっと昔に見たかわいいかわいいあの時の表情と同じだった。
おまえ進歩してねぇなぁ、というと、なまえは泣きそうな顔をして、本当にそうだよね、と笑った。
今では煙草のニオイも染みて、なまえだって、たくさんの恋をしてきたはずで、俺だって恋人が出来て、こうやってコイツと会うのは友人だからで、それも彼女は承知しているはずだった。
俺も悪い男なのかなぁ、などと、煙を吐き出した。

「なまえさぁ」
「うん?」
「歳取ったよなぁ」
「…学くんもでしょ」

困ったように笑って、強がるなまえが可愛いと考える。恋愛感情でもなく、純粋に、可愛いと思った。思わず言葉が出る。

「大切にしたいと思ってるよ」
「え?」
「トモダチとして」

酷いね、となまえは大げさに言って見せる。そうだろ、俺はそうなんだ。薄く笑うと、なまえはうっとりと俺を見つめるから、俺はどうしようかなとぶっきらぼうに考えた。

20130518−20140121

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