青とか死とか抱き締めたいとかそういったインスタント性

※小説版との矛盾点があります…



 寿は、女が嫌いで…だから、あんなことをしでかしたのには理由があると思うんです。だからって、人を×するのはどうだろう、いけない事だよね。そうですね、でも彼には彼なりの…理由があると…、と語りかけて、私ははっとする。誰にも寿と私の関係はわからない。わかってほしくない。それでも。

 洒落たことがしてみたくて、香水をつけたことがある。寿はすぐに匂いを感じ、面と向かって「クセェ」と呟いたので、家に帰って香水を捨てた。寿は女らしさが嫌いで、肌を強調する服装なども、吐き気がするらしい。さいわい、私はそういった系統の服装を好まないので寿に余計な心労を強いていないのだ。
以前居た先生はとてもきれいで男子からの人気も高かった。女子もおそらく嫉妬と羨望のまなざしで見ていただろう。何かの拍子で、先生の名前を出した時、彼は、唾を吐き出しそうな顔で、「気持ち悪かった」と言った。それを聞いた私は、彼の好意を向ける対象が大衆と少し違うのかもしれない、と納得したのである。ところでその先生はもう居ない。あんなに綺麗な人だったが、どこかのイカれた20〜40代の男性(テレビで言っていたが、範囲が広すぎやしないだろうか?)によって、酷い姿になってプールで見付かった。テレビで巷を騒がせる、猟奇的でショッキングな事件が身近なものになると思っていなかったので、怖いと思った。寿にああいう人は、タイプじゃないの?と訊くと、手を振って(拒絶の合図だ)この話しはやめろ、と嫌そうに語った。



ある日どういうわけか、
「なまえとセックスしなくちゃいけないって言われたら、なんとか出来ると思う」

と、彼は真面目な顔で、とても失礼なことを言った。
さらに「女とセックスするくらいなら死んだ方がましだ」と、のたまうので、私は女というカテゴリに属していないのか、と呆然とした。しかしその一方で、彼はわたしを個人として認識してくれているという事実がひどく嬉しかった。そんな事で喜んでしまうあたり、私は寿に毒されている。

「元恋人の先生とは、…その…出来たの?」

ところで寿には恋人がいた。教育実習生の恋人だった。オトナっぽい寿なら、大人と対等に駆け引きが出来るだろう、と私は思っていたが相手は男だった。恋人というのは、男だったのだ。なぜ私が知っているかというと、寿が教えてくれたからに他ならない。私は絶句した。もちろん同性愛に偏見はないし、むしろ世間は認めるべきだと思っている。それでも、寿がまさか男性と付き合っていたとはにわかに信じがたかった。
前述したように同性愛に偏見などないが、男女間でなじみの行為を、男と男、女と女で出来うるものというのを、知らなかった私は、純粋な興味から、訊ねてしまう。

「シたぜ、なんべんも」

彼はつまらなさそうに語る。手にはタバコ。ふー、と煙を吐き出す姿に、いつか見た映画の濡れ場を重ねた。好きな人の、恋人との性事情なんて別段興味があったわけでもない。むしろ、知りたくない分類だったので、頷くだけでこの話しは終わりになった。なんべんも。その言葉が、しばらく頭から離れなかった。そういえば、あの実習生の顔はどのようなものだったろう。待ったく思い出せなかった。それよりも、そういう行為をしている寿の表情を考えそうになったので慌てて頭を振る。そんな私を寿は笑った。想像シたのか、変態めと。寿に言われたくなかった。

 島津寿と私の関係は、幼馴染みである。彼のそれはそれは立派な家からそう遠くない場所に私の自宅があり、両親ともどもお付き合いがあるのだ。島津さんの家の教育はスゴイ、らしい。と両親はよく語り、なまえもちゃんと勉強しろよと語る父が少しだけ苦痛だった。しかし遠い昔に一度だけ、母親に「寿くんって、大丈夫?」となぜか彼の心配をされたことがある。私が見たところ、彼はいつも彼らしく、おかしなところはない。夜中、お手洗いへ行った時に、リビングの明かりが着いていたので、そうっと覗くと、両親が話をしていた。「島津さんの家、すこしおかしいの」子供ながらに、その話しはこれ以上聞いてはいけないなと、慌てて寝室へ戻った。
島津さんの家、おかしいの。という言葉は、長いこと忘れていたが、私はその言葉の意味を理解する時が、あった。というのも、中学生になった時に、彼から「お前の親って、セックスすんの」と訊ねられ、言葉を理解するのに時間がかかった。
その頃、自分で言うのも恥ずかしいが、多感な感性の時期にいた私にとって、性行為は興味があると同時に、嫌悪感を抱いていた。
セックスという言葉を口にするのも汚い感じがしたし、膨らみつつある乳房、始まる月経に言い様のない不安を持っていた。考えてみれば、両親の性行為によって、私が生まれたわけだが、どうしても想像出来なかったししたくなかった。
「な、ないよ」両親の笑顔を思い出しながら、消え入りそうな声で私は言う。寿は、「だよな。フツーは両親のセックスなんて見せつけられないよな」と笑った。寿は小学五年から、両親の性行為を見せられて育っていたのである。その事実に私は閉口した。だって、あんまりも、おかしいじゃないか。彼はそれが普通だと思って、見てきた。しかし、そうではない事を知った寿はどう思っただろう。想像できなかった。

 そんな彼は当然のように女性が嫌いだった。母親を思い出してしまうらしい。トラウマを植え付けられたのだから、当然の事だろう。仕方がない。
じゃあ私はなぜ彼の隣に居られるのかと言うと、昔から居るから。そして、おそらく私を女とは思っていない、からだろう。しかしそれでいい。私は寿が好きだけれど、それでいい。傍に居れるならそれでいいのだ。



彼は終わる。唐突に。
ある日、返事が無かったので勝手に寿の部屋に入ると、寿の姿はなかった。代わりに異臭がしたので、部屋に入る事を躊躇する。寿、と名前を呼ぶ。返事はない。嫌な予感がした。それはとても直観的なものだった。だから半信半疑だった。
部屋を引っ掻き回すように、慌てて探すと、女性の服があった。明らかにおかしかった。だって、どうして、寿は…。それでも、確信に変わる。寿が女を連れ込んでいる!
私はその瞬間、恐ろしいまでの激昂がきた。あんなにも女が嫌いと吐き捨てるように言った君が女を連れ込むなんて信じられない裏切りだ。
浴室から、シャワーの音が聞こえた。体が震える。嫌な予感はどんどん押し寄せた。
ゆっくり、浴室の扉を開ける。寿の背中が見える。寿はシャワーで何かを、

私はそれを視界に入れた瞬間、声にならない声を上げる。
あきらかにそれは、人で、人であったもので、足だったけれど、足はおかしな方向に曲がっていて、その足の主の上半身はなくて、腕があって、その腕もおかしな方向に曲がっていて、変なところに髪の毛もある、それって、なに?排水溝に水の流れる音がただ永遠と続くBGMのようだった。振り返った寿が私を見ている。私は恐ろしくて後ずさるが、すぐに足をもつれさせてしゃがみこんだ。寿はシャワーの水を止める。足元に赤い水がたくさん流れている。排水溝に激しい音を立てて流れていく。水、赤、みず。
寿は、舌打ちをする。この光景で、それはあまりに不釣り合いな動作だった。私は叫びそうになる口を必死で抑える。がくがくと手が震える。その手を口につっこむ。がたがたと震える。

「なまえさァ、部屋に来る時は連絡しろよな」

取り込み中だっての、と寿はめんどくさそうに頭を掻く。だから、そういう動作をするような場面じゃないでしょ、と言いたかった、言えなかった。

「ね、あれ、なに、ねえ」

指で寿の背後から見える肉の塊を指さす。寿はつまらなそうに、ああアレね、と頷く。

「最近じゃあさァ、切るのも手馴れてきたけどやっぱだりーわ」

なまえ、手伝ってくれよ、と寿は笑う。部屋の掃除を手伝ってくれよ、というような感じだった。私は黙って首を横に振る。寿は残念だなと、残念がる。私も残念がりたかった。

「ね、ねえ、寿、ケーサツ…」
「待てよ、待てよ。せっかく足がついてないんだ、まだ遊ばせてくれよ」

寿が慌てながら、私の近くにしゃがみこむ。私は反射的に体を小さくする。寿は笑った。

「安心しろよ、なまえにはなんもしねーから」

私はただなんども頷くばかりだった。寿は、私の頬を撫でながら、目を細める。普段の彼には、あるまじき行為だった。普段されるのなら嬉しいのに、今やられても鳥肌が出来るだけだった。

「こうしちゃうと、女も可愛く見えるンだな」

すげーよ、と寿はからからと笑う。私も一緒に笑おうかと思ったけれど、口が引きつる。
まだ時間掛かるから、今日は帰ったら?と寿が言うので、そうだねそうするね、と私は体をふらつかせながら帰った。翌日起きて、夢かと思ったけれど、そうではなかった。朝のワイドショーをにぎわせていたからである。



「アイツ、俺とおんなじだ」

寿はテレビのニュースを見ながら嬉しそうな声を上げた。私はソファーに体を小さくして座っている。テレビには、警察官がたくさん映って、相変わらず、寿の事件について報道していた。寿の証拠隠滅は巧みなようで、いまだに犯行がバレていない。私が警察に言ってしまえば簡単に捕まってしまうだろう、しかしそうはしないことを寿はわかっている。私もわかっていた。誰が寿とおんなじなのだろう、と目を凝らすが、すぐにその映像は切り替わったので、よくわからなかった。

寿は嬉しそうな顔をして、外に出る支度を始める。私はその姿を黙って見つめていた。
なんとなく、そろそろ寿が居なくなる気がしていた。明日にでも。彼はきっと、鳥だ。羽をもがれて、そろそろ地面でばたつかせてしまうだろう。太陽がまぶしいから。

「寿」
「ン?」

寿は嬉しそうな顏で私を見る。その邪気のない顔に私は安心した。しかしやっている事は、おそろしく、私は最近まともに寿を見れない。寿はそれに気づいているのだろうか。気付かれていたら悲しかった。気付きながら追求しないのは寿の優しさだろう。

「私、寿が好きだよ」
「女でそういう事言われてもヤな気がしないのは、なまえだけだな」

寿は声を出して笑う。私もにっこり笑った。
そんな風に言われて嬉しいのは事実だった。寿が好きだった、とても。好きだった。
彼のしてきた事すべてが嘘のようだった。こんなふうに私を見て、微笑む人があんなことをするはずなかった。しかし私はあの肉片を見ている。あの光景がチラつくたび、頭が痛くなるし吐き気がするのだった。それでも今日の私たちは幸せだった。円満なカップルのようだった。
じゃ散歩に行ってくるな、と意気揚揚と部屋を出て行く寿。彼のいう散歩というのは、まあ、つまり、そういう事だった。私は何度も彼の散歩へ行く姿を見送っている。止められなかった私にも非はあるだろう、絶対に間違いなく。裁かれる存在は私もだろう。



記者に喫茶店で取材を受けながらこれまでの事を思い出している。
記者に伝えられることなんて何もなかった。それでも、私にとって、寿という男は、幼馴染で、女性恐怖症で、それでも私にとびきりの笑顔を見せる、ただの男の子だった。
そんな風に話しても、信じてくれないでしょうね。
私だっていまだに信じられません。もう寿は居ないので、好きなように思い描いて下さって結構ですが………。私は今でも寿が好きなんですおかしい女だと思いますよね私もそう思っています。


20130331ー20130705
タイトル「彗星03号は落下した」さま
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