ラブコールに改革されたい

 どうして涼太くんは私の事が好きなんだろう。習慣になっている、部活の終わった涼太くんを待って、一緒に下校する行為をしながら、考える。習慣になる前、涼太くんは、遅くなるし、待たせて悪いからと申し訳なさそうな顔をした。しかし私が待ちたいだけだから!と言い聞かせていた。そのたび涼太くんは不服そうな顔をしていたけど、なまえちゃんと帰れるのは嬉しいけどな〜と複雑そうに笑う。そうやって、隠すことなく私に好意を寄せてくれるところとか、私は好きだ。しかし涼太くんは私の何が好きなんだろう。
隣を歩く彼に手を引かれながら考えた。しかしわからない。さっぱりわからない。彼なら星の数ほど女の子が降ってくるだろうに、こんなフツーの女と付き合うなんてどうかしている。私が他の女の子たちと違う何かがあるのだろうか?けれど、そんなの、私だって大衆の一部で、まあようするに涼太くんの顏が好きだ。

「わ、私涼太くんの顏が好きだよ」
「ホント?嬉しいッス」

唐突な私の発言に涼太くんは屈することなく、柔らかな笑みを向ける。意識していないのか、涼太くんは自分の顔を最大限魅力的に見せてきた。私はぐっと呼吸が出来なくなる。かっこいいし綺麗だし可愛いし、アッもう本当に顔が好きみたいだけど、ううん…顔好きだなァ、とまじまじと見ていると、見惚れた?と涼太くんは真面目に訊いてくる、ので、頷いた。涼太くんは正直っスね〜と機嫌のよさそうな声音だ。

「…モデルやっている涼太くん、かっこいいし」

待ち受け、雑誌の写メだし。と小声で付け加えると、涼太くんがふきだした。

「なまえ、それマジ?」
「マジ。おおマジだよ」

本当に驚いたのか、名前のあとの“ちゃん”をつけ忘れている事に気付き、面白いと思う。携帯画面を見せると、涼太くんが楽しそうに笑った。

「嬉しいな〜」

と口元を覆いながら言う。私もねこの涼太くんかっこいいから好きなんだ、と言って慌てて口を噤む。でも、本物のがかっこいいけど…と、取ってつけてしまったような言い方になってしまったので弁明すると、涼太くんはアハハと楽しそうに笑った。私はそんな涼太くんを見て、うなだれる。もしかしてもしかしなくても。

「とんでもなく涼太くんの事、見た目で好きかもしれない…」
「別にそれでもいいッスよ〜」
「よくない!そんな話を聞かされていいわけない!」

黄瀬くんはににこにこしている。本当にどうしてそんな風に笑ってくれるんだろう。そして不甲斐ない私は涼太くんの笑顔が大好きだった。

「顔だけでも、なまえが好きだって思ってくれるならそれでいいっスよ」

ち、違う!と歩みを止める。すると、涼太くんもつられるように歩みを止めて、振り返った。なまえちゃん?と訊ねる口調で名前を呼ぶ。その声音はどこまでも優しい。

「でもバスケしている涼太くんも好き」

なので…、と言葉に詰まった。涼太くんはかっこいいけど、バスケをする姿が本当に本当に素敵なのである。バスケットボールを簡単に掴み、四肢を身軽に動かし、最後には綺麗なフォームでネットまでボールを運んでいく。シュートが決まり、嬉しそうな顔をして、チームメイトと肩を抱き寄せる姿をする涼太くん、が素敵なのだ。試合を見るときは、そういう涼太くんの姿にどきどきする。嬉しそうな顔をする涼太くんを見る事が出来て、私も嬉しくなってしまう。

「だからその、顔だけじゃなくて…涼太くんが実はけっこうメンタル弱くてうじうじしちゃう所とか」
「そ、そーっスかね…?」
「私に気を使ってくれるところとか…なんでもない日常を、優しく話してくれたりとか」
「や、優しい…?普通に話してるつもりなんだけど…」
「バスケの事を楽しそうに話して聞かせてくれるところとか、そういう所が、好きです」

うまく伝わらなかったかもしれない。涼太くんの横やりにも無視して自分の言いたい事を言ってしまったし…と私はじっと涼太くんを見つめる。涼太くんは私の手に少し力を入れて握り返し、へへ、と小さい子のように笑った。その表情が、本当に好きだと思った。可愛い。私よりだいぶ背の高い、それも異性なのに、可愛いと思ってしまう。涼太くんの緩んだ表情。気の許してくれた相手にしか見せてくれない、貴重な表情だと気づいたのは、彼の近くで過ごすようになってからだった。

「ほらねー、なまえちゃんは俺の色んなところが好きで好きで仕方がないじゃないっスか」

そういう所が好きっス、と言ったかと思うと涼太くんはまた歩き出したので、私も続く。彼は本当は歩くのが速いのに私の歩幅に合わせてくれている。そのことに隣を歩きながら、心がじんわりと包まれて行く。

「それで、急にどうしたんスか。そんな事、言うなんて」

涼太くんの横顔を見て、私はうーんと唸る。

「私より可愛かったり美人な人は居るし、性格だって体型だってすぐれた人がいて、涼太くんなら選び放題なのに…どうして私の事が好きなのかなって」

ばあっとまくし立ててしまったことに気付き、血の気が引く。メンドクサイ女って思われただろうか、と慌てて顔色を窺うと、涼太くんはそ〜っスねえ、と悩んでいた。ほっと溜息を心の中でひとつ。

「まあ確かに女の子なんて、勝手に寄ってくるけど」
「うわ〜」
「え、ちょっとなまえちゃん、なんで引いてるんスか」
「自分でそういう事言っちゃうの、よくないんじゃないかな…」
「えー…なまえちゃんだって今俺の事そう言ってたじゃないスか…。ま、まあ、その…なんていうんスかね…選び放題…だとは思ってる…っス」

事実、黄瀬くんはかっこいいのだから仕方がなかった。そう思ってしまうのも無理はない。なるべく言葉を選んで喋ろうとしている涼太くんに頬が緩む。

「でも、ちゃんと俺の事を好きでいてくれる子って…そう居なかったと言うか」

涼太くんが握る手に力を込める。私は静かに涼太くんの言葉を待つ。

「なまえぐらいっスよ。こーやって、好きって言ってくれるの」

私を見つめる涼太くんの瞳が、揺れている。それから、涼太くんがまた、名前に“ちゃん”を付け忘れている、と気付く。彼の心の中で、何かが揺れ動いているのだろうか。私は彼の言うスキがわからなかったけれど、涼太くんの中で私はひっかかるものがあったのだろう。
それから、と涼太くんは言葉を強く言うので、私は少しびくっとした。

「私より、だとか言わないで欲しいっス」

顔をしかめて、というより、心配そうに眉を下げて涼太くんは呟く。消えそうな声だったから、うんと頷く事も忘れていた。

「俺、今のままのなまえちゃんが、好きだから…俺の好きな人を卑下されたら気分良くないっス」

それがなまえちゃんでも!と涼太くんが笑った。ごめんなさい、と謝ると、わかればいいっスよ、と楽しそうに言う涼太くんが眩しい。
どうしてそこまで私を好きでいてくれるんだろう、と思って、私と同じなんだと気づいた。私みたいに、彼もまた好きで居てくれるんだ、と気付くと、ぼわっと頭が爆発しそうで、自分の顏が茹でたこのように真っ赤なんじゃないか、と焦る。実際真っ赤になっていたらしく、涼太くんが大丈夫っスか!?と心配するほどだった。
気付けば涼太くんにつながれた手は、優しく握られている事に気付く。
学校の最寄駅に着いて、いつもならそのまま改札を通過するのだが、今日は違った。涼太くんが、駅ビルを指さしたのである。

「ちょっとお茶して行かないっスか」
「いいけど、どうして」
「もう少しなまえちゃんと一緒に居たいなぁ〜って…思って」

困ったように笑う涼太くん、に私はなんとも言えなくて、また顔が赤くなる。
私と涼太くんは、いつも一緒に駅まで行って、電車も途中まで一緒に乗る。しかし私の方が、彼より先に電車から降りるので、また明日と寂しそうに手を振る涼太くんを置いて電車を降りるのが少し悲しいと思っていた。黄瀬くんの自宅の最寄駅まで一緒に乗って行きたいくらいである。それにホラ、明日土曜日だし、と涼太くんが言う。私の帰宅時間を心配してくれているのだろう涼太くんに嬉しくなった。涼太くんに誘われたら断るはずない。

「私も涼太くんともう少し一緒に居たかったから、嬉しい」

涼太くんは嬉しそうに笑って、駅ビルへ歩みを進める。
数え切れないほどの、優しさを感じて、私は繋がれたままの手に少しだけ力を込めた。
少し体を寄せると、涼太くんの良い匂いがして、幸せも感じた。

20131006
タイトル「深爪」さま
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