「か、ぐらァ、」

酷く細い手首を掴んだ。こんなに弱々しいのに、お前はなんであんなに強いんだ。

「そう、っ」

キスをした。これまでの優しいキスなんかじゃない。噛みついて噛みついて、まるで喰い合いのように。否、喰い合いと云うより、俺が一方的に喰らいついているのか。

「やめ、ろ!」

腹部に重い衝撃を感じた。殴られたことを理解するには、少々時間を有した。理解した瞬間血が臓器から食道を伝って口へと上ってきた。吐き出せば思ったよりも少量だったため安心したが、それは俺の身体がまだ捨てたもんじゃないのか、神楽が手加減をしたのか。

「何する、アル。」

「行くなよ。」

意味が解らないような、不快感を示すような表情が隠すことなくお前の顔に広がった。その顔を見て、ズキリと胸が痛んだ。

「お前、応援してくれるって言っただろ。」

「行くななんて言えない。あんな憧れるような目で言われたら。」

不快の表情はますます増した。神楽は苛ついている。怒っている。誰に――俺に。

「私はお前があのとき、行くなって言ったら、行かないつもりだったアル。」

「今言ってるじゃねーか。行くな、行くなよ。」

「もう遅いネ!」

神楽の顔を見られない。整っているのに、眉を寄せ醜く歪めた顔を見るなんてできない。でも今俺もそんな表情なのだろう。

「お前は俺を置いていくのか?」

「そうなるアルな。」

汚れたものを吐き捨てるかのように、嫌悪感を出したまま言葉を投げた。苛々する。なんで、なんでそんな言い方するんだよ。

「悲しくねーのか。」

「そんなお前置いていっても悲しくも何ともないヨ。」

ズキン、心に錘を落とされた気がした。悲しくないと言った。俺は悲しくて悲しくて壊れそうなのに、悲しくないと言った!

「―――っ!」
気づけば拳を向けていた。ここが人の賑わうターミナルと云うことも忘れ、愛してる女に拳を向けた。

しかし、神楽は夜兎であった。パシリと掌で受け、躊躇なく脇腹に蹴りを入れた。俺よりも遥かに細く華奢な足なのに、俺よりも遥かに力強かった。

「最低アル。さよなら。」

地面に崩れ落ちた俺を見下ろし、軽蔑の眼差しを向けた。そして踵を返し船に乗り込んだ。

きっとそのさよならは、ふたつ意味があるのだろう。離れてしまう俺にさよなら。二度と会うことのない俺にさよなら。

ああ、きっと手紙を送ってくれることはないのだろうな。




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